第20話:サプライズ計画
怜はニヤリと唇の端を上げた。
それはいつものクールな笑みとは違う、何か企んでいるような、妹を想う悪戯心が滲む笑顔だった。
(和歌……お前の背中、私が押してやる)
妹の和歌に、輝への告白ソングがあることを知った怜は、
そのまま家を出て、足早にリズム堂に向かった。
ブレイズのメンバーが、すでに集まっている。
スタジオのドアを開けると、
いつも通りの熱気が、怜を出迎えた。
アンプの微かな轟音と、
ケーブルや汗が混じった独特の匂い。
そこは、彼らの情熱が形になったような場所だった。
「お、怜、遅かったな」
ボーカルが、ギターを抱えながら声をかける。
怜は無言で、手にしたUSBメモリを差し出した。
それは、和歌のパソコンから、
こっそりコピーしてきた告白ソングのデータだ。
和歌の知らない、怜だけの秘密。
「和歌の作った歌、聴いてみるか?」
怜の言葉に、メンバーたちは一瞬、沈黙した。
スタジオの中に、緊張の糸が張り詰める。
そして、ボーカルが、ゆっくりとUSBメモリを受け取った。
そのままスタジオの機材に接続し、再生ボタンを押す。
体育館に響き渡るようなライブの爆音とは違う、
繊細なピアノのイントロが流れ出した。
それに続き、ボカロの声と、和歌のリアルボイスが重なる。
「月の灯りが 照らす島で
私はずっと あなたを探してた
波音に溶ける 小さな願い
どうか隣で 光でいて
私の世界を 包んで
ねえ、輝いて」
和歌の歌声が、スタジオに響き渡る。
透明感のある歌声は、
彼らの荒々しいロックとは真逆だが、
不思議と、胸の奥に染み渡るようだった。
歌い終えると、スタジオの中には、
重い沈黙が流れた。
誰もが、その歌声と歌詞に、
心を奪われているのが分かった。
「マジかよ……」
瀬戸が、言葉を失ったように呟いた。
普段は陽気な彼女が、こんなにも真剣な表情を見せるのは珍しい。
篠田は目を細めて苦笑する。
「可愛いもんだな。……いや、めちゃくちゃ良いな。
和歌ちゃん、こんな歌作ってたのか」
ボーカルは、ヘッドホンをしながら、
感動したように目を閉じている。
その目元は、泣きそうなのをごまかすように少し上を向いていた。
「おいおい、そんな秘密兵器があったとはな!」
メンバーたちは、告白ソングを聴き、
その歌詞に込められた和歌の真意を知った。
彼女らは、和歌が怜の妹であることは知っていても、
まさか、そんな和歌がこんなにも切ない恋をして、
こんなに胸を打つ歌を作っていたなんて、夢にも思わなかった。
その事実に、彼女らの間には、
和歌への新たな尊敬と、この歌が持つ力への驚きが、静かに広がっていった。
「んで、どうすんだ? この曲」
怜は、ニヤリと笑った。
その表情は、まるでいたずらを成功させた子供のようだった。
「これ、文化祭の舞台でやったら面白いでしょう」
その言葉に、メンバー全員が、
目を丸くして怜を見た。
文化祭の舞台で、和歌の告白ソングを披露する。
それは、輝への、最高のサプライズになるだろう。
そして、和歌にとっても、
人生を変える、大きな一歩になるはずだ。
「ええ、それは熱いな!」
瀬戸が、興奮気味に叫んだ。
「まさか、和歌ちゃんが、そんな大胆なこと企んでたとは!」
篠田も、面白そうに笑う。
ボーカルも、ニヤリと笑って、
「最高のサプライズになるな!」と賛同した。
彼らは、輝のバンド「ルナティック・ノイズ」も
文化祭に出演することを知っている。
この計画は、完璧だ。
怜の胸の中で、計画は密かに動き出していた。
もちろん、和歌はまだ何も知らない。
文化祭まで、あと一ヶ月。
和歌の告白ソングが、
ブレイズの演奏に乗って、
輝に届く。
運命の歯車が、
確かに動き始めたのを感じていた。
この計画が、和歌の恋を、
どんな結末へと導くのか。
怜は、スタジオの窓から、
いつの間にか夜が落ちていた空を見上げた。
月が白く光っている。
その月はまるで、怜と和歌、二人だけの秘密をそっと見守っているようだった。
これが怜にできる、精一杯の、妹への愛情表現だった。
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