第16話:姉への試探
輝先輩への恋心が、
私の心の中でどんどん大きくなっていく。
ノートに綴った「告白ソング」は、
私にとって、かけがえのない宝物やった。
「月の灯りが 照らす島で
私はずっと あなたを探してた」
この歌詞を口ずさむたびに、
胸の奥が温かくなる。
でも、同時に、
人見知りな性格ゆえの臆病さが、
私を縛りつけていた。
告白なんて、怖くてできへん。
直接、言葉で伝える勇気なんて、
どこにもなかった。
ブレイズとの通常の曲・歌詞のやり取りは、
いつも通り続いていた。
彼らとの共同制作は、
私にとって、本当に楽しい時間やった。
私の言葉が、彼らのパワフルな音楽になって、
多くの人に届く。
その喜びは、何ものにも代えがたい。
ある日の午後、
私はリズム堂で、ブレイズのメンバーと、
新しい曲の歌詞について話し合っていた。
私が作詞した「Echoes in the Dark」は、
もうすぐレコーディングに入るらしい。
メンバーたちは、歌詞のニュアンスについて、
真剣に意見を交わしていた。
「和歌ちゃん、この『迷い込んだ影』って、
どんな色をしてるイメージ?」
ギターの瀬戸さんが、真剣な顔で尋ねる。
「えっと……そうやな、
真っ暗闇の中で、微かに揺れる影、みたいな……」
私の言葉に、彼らは真剣に耳を傾けてくれる。
そんなやり取りの合間、ふと、
私の「告白ソング」のことが、頭をよぎった。
完成した詞は、もうノートに書き終えている。
でも、この曲だけは、
いつもの依頼のようにブレイズに頼めない。
この歌詞には、私の、
誰にも言えない秘密の恋心が、
全部詰まっているから。
「曲になって完成すると、もう隠しきれなくなる気がして怖い」
心の中で、そう呟いた。
この歌が、音になって、輝先輩の耳に届く。
想像しただけで、心臓が爆発しそうになる。
まだ、その覚悟はできてへん。
公開の予定もない。
これは、私だけの、秘密の歌なんや。
ブレイズのメンバーが、
「次の曲の歌詞、どんな感じ?」
と、私に尋ねてきた。
私は、思わず視線を泳がせる。
「あ、あの、それは……まだ、ちょっと、
イメージが固まってなくて……」
言葉を濁す。
彼らは、怪訝そうな顔で私を見ていた。
いつもなら、すぐに新しい歌詞のアイデアを
彼らに話しているのに。
その日の練習後、怜姉ちゃんと二人で、
コンビニに立ち寄った。
いつものように、怜姉ちゃんは無表情で、
レジの横にあるチキンを選んでる。
私は、ふと、ショーケースのたこ焼きに目が止まった。
「あ、たこ焼き食べたい」
思わず口に出すと、
怜姉ちゃんが、ちらっと私を見た。
そして、無言で、たこ焼きを一つ、カゴに入れた。
その小さな行動が、私には嬉しかった。
コンビニの外に出て、
二人でたこ焼きを食べる。
熱々のたこ焼きを、フーフーしながら口に運ぶ。
夜風が、少し肌寒い。
そんな時、怜姉ちゃんが、ポツリと口を開いた。
「あんた、最近やたら部屋にこもっているな。
何か悩みでもあるんか?」
その言葉に、体が硬直した。
まさか、バレてるんやろか。
「い、いや、別に……」
「嘘つけ。顔に書いてあるで」
怜姉ちゃんは、そう言って、
私の頭を軽く小突いた。
「あの曲の話が一向に進まないから気になる。
いつもなら、もう次の歌詞のアイデアでも
持ってくる頃やろ」
彼女は、私のボカロ活動も、
ブレイズの作詞も、
ちゃんと把握している。
私が最近、新しい曲を公開していないことも。
「どうせ引き出しにメモが散乱しているんでしょう」
怜姉ちゃんは、私の部屋の状況まで言い当てた。
図星やった。
「隠し事はやめとけ。面倒やから」
そう言いながら、怜姉ちゃんは
残りのたこ焼きを一つ、私の口に放り込んだ。
熱くて、思わずむせる。
それが、怜姉ちゃんなりの、
私への優しさなんやろうな。
私は、口の中のたこ焼きをゆっくりと飲み込みながら、
どうするべきか、頭の中で考えた。
「告白ソング」のこと。
怜姉ちゃんに話すべきなんやろか。
もし怜姉ちゃんに歌詞を見られたらどう思われるやろ…
私のこんな恥ずかしい気持ち、バレてしまったら…
そんな羞恥心が、ザワザワと胸を騒がせる。
でも、この歌だけは、
私だけの秘密にしておきたかった。
誰にも言えない、私だけの想い。
「曲はまかせる」
私は、そう答えた。
完成した詞の「イメージだけ」を、
怜姉ちゃんに渡す。
具体的なメロディやアレンジは、
ブレイズに任せる、という形にした。
そうすれば、私だけの秘密が、
守られるような気がしたから。
歌詞を直接見せるなんて、恥ずかしくてできへん。
この曖昧な渡し方で、
どこまで伝わるか分からへんけど、
今は、これが精一杯やった。
怜姉ちゃんは、私の返答に、
わずかに眉をひそめた。
「今回は何かいつもと違うな」
ぼんやりと不思議に思うような表情。
いつもは「全部任せる」なんて言わない私やから、
何か感じ取ったのかもしれない。
「べ、別に、そんなこと……」
私は慌てて否定する。
怜姉ちゃんは、それ以上何も言わなかった。
ただ、私をじっと見つめて、
ふっと、小さなため息をついた。
その目は、すべてを見透かしているようにも見えた。
妹の秘密の恋心に、
怜姉ちゃんの視線が、
少しずつ、だが確実に近づいていく。
すべて見透かしてるくせに、
何も言わずにそっとしてくれる怜姉ちゃんが、
少し怖くて、でも少しだけ安心やった。
私は、ただ、その視線から逃れるように、
たこ焼きを頬張った。
夜空には、煌々と月が輝いていた。
「月の光みたいに、私の想いも…いつか、輝先輩に届くんやろか。」
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