孤毒
孤独って何なんだろうか。
これまで、あまり深く考えたことはなかった。
ただ、ずっと誰かと常に関わっていたのは、自分が協調性の高い方だからだと思っていたが、どうやら違うらしい。
誰にだって、一人でいる時間は来る。所帯を持っていれば別かもしれないが、それでも、まるっきり一人にならない訳ではない。
智則は、先程友人達と一通り騒いで別れた後、急に襲ってきたこの気持ちを、上手く消化出来ずにいた。
人気のまばらな薄暗い夜道が、今の心を写しているようだが、喧騒の繁華街を通ったら、逆に一際虚しくなりそうで、妙に居心地の良い気もした。
雲の合間を縫って顔を覗かせる半月が、心無しかいつもより綺麗に感じ、
お前は立派だな、誰に見られてるとも分からないのに、そんなに光って
と、意味もない称賛をしながら眺めていた。
それでも歩みを止めることなく進んでいくのは、一人の時に、他の一人で頑張っている人を見ると、より虚しくなる気がしたからかもしれない。
着々と完全な孤独への帰り道を突き進み、自宅アパートの階段下にある、
メールボックスの所まで辿り着いた。
どうせ広告だけだと思いながらも、番号を入れて開けると、見慣れないハガキと封筒が届いていることに気付いた。
ハガキの方の差出人は、去年結婚式にお邪魔した、中学の友人だった。
少し遅れた年賀状らしい。暖かな夫婦の間に、まだ本当に小さくて可愛らしい女の子とも男の子とも取れる赤ん坊が、少しだけ泣きそうな顔を、こちらに向けていた。
「先日はありがとうございました。この度、新たな命を授かることになりました。」
と丁寧な楷書で印字されている。
そういえば送ったかもしれないな、年賀状。
そんなことを思いながら、中身全てを手に持って、階段を上がる。
薄暗い廊下の2つ目の扉、自分の家の前で、抱えた郵便物を持ち直しながら、鍵を取り出し、ドアを開ける。
帰宅時特有の、無人のこの部屋の湿っぽさや、妙に湿気った匂いにも慣れてきた。
荷物を置き去りに、
ポンっとひとっ飛びベッドにダイブしたら、天井を見上げながら、もうひとつの見慣れない封筒をあける。
−中学校−期生同窓会のお知らせ
とある。
懐かしいな、携帯を手に取り、たまに連絡を取る友人の名前を出す。
「おつかれー。同窓会の知らせ届いた?」
「おう、来てたわ」
他愛もない雑談に花を咲かせながら、行こうか迷うと伝えると、俺も行きづらいから来いと言われる。
「そういえば・・・」
あいつ結婚したよと、続く言葉を飲み込んだ。
高校の同級生同士で結婚したというハガキの彼と、今会話をしている友人は同じ高校でもあり、彼もその奥さんのことを好きだったという噂を聞いたことがある。
とっくに昔の話で、あくまで噂だけれど、触れないにこしたことは無いだろう。
「ん?どうした?」
「いや、怜も来るのかなって」
思わず、代わりに当時付き合っていた元カノの名前を出す。
「知らないけど、多分来るだろ」
お前まだ、と言ったような口調だったけれど、そうでは無いことを伝える方法が無かった。
「他に好きな人ができたの」
決まり文句で振られた際に、彼女がハガキの彼を好きだったのは、
誰の目にも明らかだった筈だ。
とっくに昔の話か。そんなことを考えながら
「とりあえず考えておくよ。」
と結論を先延ばしにし、再びバカ話に戻る。
十分が経ち、一盛り上がり終わったところで、
「じゃあ、また」と流れを持っていこうとすると、
「迷ってるなら、来いよ。あと、どっちにしても決めたら連絡くれよな。じゃあ」と、釘を刺されて終わった。
「ふぅーっ」
楽しかったはずのところへ、急な静けさを余計際立たせるかのように、
はっきりと漏れ、そして宙に消える。
横になったまま、手を伸ばして同窓会の封筒を、バスケのシュートさながら、机に向かって放り投げる。
ストンと机の角にぶつかり、一歩届かず床へ落ちても、拾う気にはなれなかった。
天井を眺めながらぼけっとしていると、
孤毒が身体中を這いずり回るのを、思いっきり感じた。
少し、賑やかにし過ぎたのかもしれない。
同窓会。響だけ聞くと悪くは無い気がするものの、
最早、色々なしがらみが無くても、何故行かなければいけないのか分からない気さえした。
そんなことを考えてしまう時点でとか、
どんな意味があるのだろうかとか、
今が独り身じゃなかったとしてもとか、
色々と意味もない深堀りが宙に浮かぶ。
そういえば、月は自ら光っているのではなく、太陽光に照らされているだけだと、昔父親に聞いたことを思い出した。
光が無ければ、ただボコボコと凹みがあるだけで、おまけに地球にも従っているだけの、目立たない物体か。
静けさの中、広がる無数の想いと共に、
次々と蝕んでいくその孤毒から解放される術はなく、
唯一できることといえば、早く次の日にならないかと願いを込めて、 ゆっくりと目を閉じることだけだった。
全身に回ったそれは、意識がある限り侵食をやめずに侵し続ける。
避けても、翌朝に再び僕を襲うことだろう。
今は考えることをやめた。
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