元勇者へ贈る日常賛歌!~旅芸人式、勇者を辞める方法伝授します~
あやかゆ
プロローグ:世界が平和になったあと
前略、世界に平和が訪れた。
長い間邪悪な力を振りかざし、欲望のままにあらゆる物事を蹂躙しようと画策していた魔王がいた。それを討ち取ったのは、平民出身の勇者・テオだ。
十年にもわたる救世の旅は、彼の実力と頼れる仲間たちとの縁、絆、そして運に味方され、ついに成し遂げられたのだった。
「さあ、我らの英雄を称えよう!」
勇者とその仲間たちの
晴天だけど暑すぎず、花びらが綺麗に舞うくらいのそよ風が気持ちいい。王城の門から出発したパレード用の車は、勇者の正義と勇敢さを表すように白と金だ。先頭に勇者。並んで治癒術師が立つ。それから魔法使い、女戦士、弓使いと続いた。
勇者たちを乗せた車は、大きな車輪に見合わない緩やかな速度で大通りを進む。人々は沢山の花びらを投げた。一緒に溢れるほどの感謝を浴びせて、褒め称えるのだ。
車の上で、勇者たちは民衆にしっかりと応え続ける。気恥ずかしそうに、けれど全員が自信と慈愛に満ちた英雄らしい顔をして受け止めて、精一杯手を振り返した。
長い時間をかけて王都を一周すると、日が傾く前に城門の中へと戻った。民衆は門が閉じきってもしばらくの間、手元に残った花びらの籠を空にしても気が済むまで、思いのたけを叫び続けていた。
さて。力いっぱいの歓声だったけれど、流石に分厚い石壁の向こう側、さらに距離を置いてしまえば届かない。すっかり静けさに支配された場所で、勇者たちは車から降ろされることになっている。
案内役は恭しくお辞儀して出迎えた。
「勇者様方、お疲れ様でございました。これから、予定どおり国王陛下より
「ああ、分かったよ」
代表して答えたのは、やっぱりというべきか、勇者テオだ。
テオは五人の中で一人だけ疲れ知らずの顔をして、大きな車から身軽に飛び降りる。着地音すら最低限にして案内役の前に現れると、恐る恐る降りようとしていた治癒術師クレアに手を差し出した。
「さあクレア。手をどうぞ」
「ありがとう、テオ。……流石ね。私なんて、腕がすごい疲れちゃったわ」
「十年も休まず剣を振っていれば、多少はね」
テオの言うとおり、前線で武器を振るっていた女戦士アネットと、弓使いのコリンもケロリとしている。
代わりに、熱狂的な歓迎を受け止めたが故の気疲れが色濃く表れていた。
「あたしも、腕はどうってことないけどさ。あの賑やかな空気で疲れちまったよ」
「同感だ。テオ、本当に俺らと同じ平民出身かよ?あんなに堂々として」
「本当に、どこからそんな元気が出てくるのだ……」
一番疲労が酷いのは、魔法使いのエヴァンだ。肉体的な疲れと一緒に、本人の気質がインドアなものだから、長時間熱気を浴びて萎れてしまっているようだ。
よろよろと車から降りたエヴァンのこともテオが支えてやりながら、案内役に従って城内に歩みを進める。
「大袈裟だな。単純に僕が一番、適応力があったってだけじゃない?」
天賦の適応力と、自然豊かな地方出身の平民だからこそ育てられた大らかさ。これらが彼の「勇者らしい」振る舞いを、より堅牢なものにしているのだろうと思われる。
城内の一室で正装に着替えさせられた一行は、休む間もなく国王が待つ広間へと案内された。
いくら偉業を成し遂げた勇者といえども、国王の前では跪くことは必須である。五人揃って最敬礼の形をとり、代表して、やっぱり勇者テオが挨拶をした。
「国王陛下へ、ご挨拶申し上げます。この度は我々に大変なお心遣いを頂きましたこと、心より感謝いたします」
この言葉遣いが正しいかは分からない。なにせ片田舎出身の平民だ。礼儀作法のレッスンは、とりあえず一発アウトで首が飛びかねないNGのみ教えられて終わっている。
内心冷や汗をかいていたけれど、国王は特に気分を害した素振りはなかった。
立派なひげを蓄えた顎を撫でると、首を縦にゆっくり動かした国王。威厳に満ちた仕草だが、生憎とお辞儀の姿勢を保つ五人には見えなかった。
「ご苦労だった、勇者諸君。君たちの献身のおかげで、わが国の憂いが晴れたことを本当に嬉しく思っている」
またまた威厳ある仕草で傍仕えに指示を送ると、テオに紙の筒が渡される。
「開きたまえ」
「はい、失礼いたします」
ちょっともたつきながら留めてあった紐をほどき、上質な紙の筒を広げた。
そこには、優雅な文字がインクで書き綴られている。旅の間にエヴァンから文字を習っていて良かった、と思いつつ、その優雅なインクを目で追う。
「わたしから、そしてこの国から、諸君に贈る礼だ。気に入ってもらえたかな?」
「身に余る光栄でございます」
贈られた内容は、次のとおり。
治癒術師クレアは夢だった自分の治療院の開設。魔法使いエヴァンには、国立魔法研究所への席の用意。女戦士アネットには、有名な鍛冶師作の武具。弓使いコリンには、彼が立ち上げる商会への補助。
最後に、勇者テオ。彼には一生涯困ることない額の褒賞金が用意され、家族にも十分な金額が渡された。併せて、王都郊外に広い土地の屋敷が送られ、優秀な使用人も配置されている。
そして今後は、国のために武器を振るわなくてよい権利も。
「今後は戦場より距離を置き、安寧を享受するとよい」
「ありがとうございます」
深く頭を下げたテオの目には、零れる寸前まで涙が溜まっていた。
十年間、何度望んだことだろうか。自分と同年代の大勢が持っている安息と平穏は、勇者として選ばれたテオにとってどこまでも眩しい憧れだった。
テオは新居の鍵を握り、これからの生活に胸を躍らせる。
まずは朝寝坊をしよう。カサカサに乾いていないパンと、煮込み料理、新鮮なサラダをセットで食べたい。
仕事はどうしようか。力仕事は得意だし、露天商や飲食店も興味がある。日中しっかり働いて、夜は柔らかなベッドに頭まで潜り込もう。
でろんでろんになるまで酔っぱらってみたいし、折角文字を覚えたのだから読書にふけるのもいい。
これからはきっと、外へ出るときは両親から「いってらっしゃい」と言ってもらえて、扉を開ければ「おかえりなさい」と出迎えがある。ゆくゆくは、奥さんや子供だって。
待ち望んだ、いわゆる「日常」というものを
――それが、今から半年前の話。
上品な使用人が、一定の強さでテオの部屋にノックを鳴らす。
「どうぞ」
「失礼いたします」
使用人は、扉を開けると品よく礼をした。
「勇者様、お夕食の準備が整っております」
「……もうそんな時間なんだね。ありがとう」
国王から賜った屋敷は、豪華過ぎず質素過ぎず。所々に寂しさを感じさせないよう花や調度品が飾られていて、程々に目を楽しませてくれる。できた使用人の仕事が伺えた。
食堂は屋敷に見合った大きさ。救世の旅を共にした全員を招いて、彼らがパートナーを連れてきたとしても十分な広さが確保できるテーブル。純白なのに光の加減で模様が浮き出るクロスが眩しい。
並んだいくつかの燭台を眺めながら用意された席へと進む。主人の席にはポツンと一人分、テーブルセットが用意されているのだ。
使用人の手で椅子が引かれる。腰を下ろせば、丁度いい位置まで調整された。
「食前酒はいかがでしょうか」
「そうだね、今日は頂こうかな」
洗いざらしの麻のシャツ、シンプルなズボン。およそ美しく保たれた食堂に似つかわしくない格好のテオ。対して、皺ひとつない服に身を包んだ使用人が三人も傍で控える。このほか、屋敷の維持にのみ注力している使用人が二人、シェフも二人。
飛び跳ね一つなく注がれる食前酒は芳醇な香りからして、テオにも上物だとよくわかる。いつまで経っても嗅ぎ慣れない。
踊る水面に、いつかの夕食が浮かぶ。
あれは、そう。料理との組み合わせなんかは考えない、安く手に入る
油断した口の端から垂れる酒がシャツに染みを作って慌てたかと思えば、料理の汁が地図に飛んで叱られる。
乾いたパンは固いから、酒やスープでふやかして食べ進めるのだ。それにあいつが不満を零して――。
「失礼いたします」
音を立てず配膳された夕食に、懐かしい
色鮮やかな前菜は大きな皿にこぢんまりと乗っていた。出来栄えを褒めながら料理へフォークを伸ばした。
たまに感想を言って、平坦な返事を聞いて、人形のような使用人たちに囲まれて一人食事を食むのだ。
スープやメイン料理も舌を焼く熱さではなく、食べ頃の温度もしくはやや温め。一口以下に切り分けてゆっくり口に運ぶ。大き目の皿に全部乗せたほうが、きっと洗い物が少なくて済むんじゃないだろうか。
デザートまですっかり平らげて、カトラリーを置いたら微笑む。
「とっても美味しかったよ。シェフにも、お礼を伝えてくれるかい」
「勿体ないお言葉です」
テオは肌寒いお屋敷で一人、使用人に囲まれて暮らしている。
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