「ん……? 局長、もう大丈夫っすか?」


 セイカが私の顔を覗き込む。

 その大きな赤い瞳が心配そうに私を見つめる。


「はい、もう――」

 私が答えようとした、その瞬間。

 セイカの赤い瞳が、さらに大きく、驚いたように見開く。


「……きょ、局長……? その、目……」


「え? 目が……何か?」

 セイカは言葉を失ったかのように、私の目、左目を凝視している。


 すると、セイカは何かを確かめるように、自分の赤い髪を一房掴み、私の目の前に出す。


 赤い髪と私の左目を交互に見比べているようだ。


「え、えっと……セイカさん……?」

 戸惑う私をよそに、セイカはツキミに無言で視線を送ると、私の左目を指差す。


 まるで、「これを見ろ」とでも言うように。


 ツキミは、まだ辛そうにしたままだったが、セイカのそのただならぬ様子に気づいたのだろう。


 ツキミは私の顔を、特に左目をじっと見つめ、視線をそらさない。

 その黄金色の瞳が、何かを分析するかのように鋭く細められる。


 数秒の沈黙。


 冷たい部屋に、私の荒い息遣いだけが響く。

 ツキミの視線は、まだ私の左目に釘付けになったままだ。


 その圧を感じる視線に、私は声を出せない。


 何かおかしなものでも見ているかのような、それでいて、ツキミの知的好奇心を刺激する何かを発見したかのような、複雑な眼差しだ。


 やがて、ツキミが、かすれた声でぽつりと呟く。


「……なるほどな」

 その声に、ほんの少し残念そうな響きを感じるのは、私の気のせいだろうか。


「え? な、なんなのですか……? 私の目に、何か……?」


 セイカは私の左目を指差したまま固まっているし、ツキミは意味深な言葉を呟いたきり、再び私の左目を穴が開くほど見つめている。


 二人の反応に、私はいったい何が起こっているのか分からず、ただただ混乱するばかりだ。


(私の目がどうしたの?)


「きょくちょーの目、なんか、すごいことになってるっす。赤くて……あと、真ん中が、キラキラしてる? っす」

 セイカがようやく言葉を発したが、その内容は私の混乱をさらに深めていく。


(赤くてキラキラ……?)

 まるで子供の落書きのような表現だが、セイカの表情は真剣そのものだ。


 でも、私の瞳は青いはずだ。あの人、母譲りの青い瞳――


「わ、私の目が……赤い……?」

 信じられない思いで、私はセイカに聞き返す。


 セイカはこくこくと何度も頷く。


(瞳の色が勝手に変わるなんてあるの?)


 確かめなければ――


 私はポケットから手鏡を取り出し、震える手で、ゆっくりと鏡を自分の顔に向ける。


 そこに映し出された自分の姿に、私は息をのんだ。


「なっ……なんで……こんな……」

 セイカが言った通りだった。


 私の左の青い瞳は赤に染まり、その中心で黄金の光が妖しく力強く輝く。

 鏡を持つ手が震える。


 その様子を見ていたツキミが静かに口を開く。


「恐らく、注入した魔力の影響だろう」

 その声は淡々としていたが、どこか事態の深刻さを物語っているようだ。


「しばらくしたら……元に、戻るんですよね?」

 しかし、ツキミは何も答えず、ただ、その黄金色の瞳をわずかに伏せ、沈黙するだけだ。


 その沈黙が、何よりも雄弁に私の希望を打ち砕く。


「そ、そんな……」

 絶望感が、冷たい水のように心の底から湧き上がり、私を再び暗闇へと引きずり込もうとする。


(もう、元には戻らないの?)


 この瞳のまま、私は生きていかなくてはならないというのか――。



「あたしとおそろいっすね! 片方だけっすけど!」

 弾かれたように顔を上げると、そこには、いつもの太陽のような笑顔を浮かべたセイカ。


「えっ? セイカさんと……?」

 思わぬ反応に、私は呆然とセイカを見る。


 彼女の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。


 セイカは、自身の燃えるような赤い瞳と同じ色をした鮮やかな髪を一房つかむ。

 そして悪戯っぽく片目を瞑って私の左目を指差すと、にぱっと笑う。


「ツキミ色も入って、ツキミともちょっとおそろいっす!」

 さらに追い打ちをかけるようなセイカの言葉。


「ツキミさんとも……」


(あっ……。そうか)


 思い出すだけで身がすくむような、あの筆舌に尽くしがたい苦痛。

 二人の魔力が、私の内側でぶつかり合い、暴れ狂ったあの瞬間。


 私は、二人の力をもらったのだ。


 この瞳は、その証なのだ。

 そう気づいた瞬間、不思議と先ほどまでの絶望感が薄らいでいくのを感じる。


 これは、罰ではない。呪いでもない。


 ただ、私があの力を振るった証。


 そして、セイカが、ツキミが、命懸けで力を貸してくれた証なのだ。


「ねぇ! ツキミ! ツキミもおそろいで、嬉しいっすよね?」

 私のそんな心の変化には気づく由もないセイカが、ツキミに向け、無邪気に声をかける。


 突然話を振られたツキミは、一瞬、虚を突かれたようにわずかに目を見開く。

 その反応は、セイカの言葉に一瞬戸惑ったのか、それとも別の何かを感じたのか……真意は読み取れない。


「……あ、あぁ」

 ただ、ほんの少しの間を置いて、ツキミらしくもない、照れたような声でこう答えると目を逸らしてしまう。


 返事を聞いたセイカは、まるで自分の手柄のように満足げにうんうんと大きく頷く。

 その表情は、まるでこの冷えた部屋を暖めてくれそうな太陽の花がぱっと咲いたかのようだ。


「ふふっ。本当ですね。なんだか、セイカさんとツキミさんが、いつも一緒にいてくれるみたいです」

 私は鏡を覗きながら、ほんの少しだけ微笑んで、呟く。


 鏡の中の私は、どこか満足げだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る