草の部屋
「これは草……ですよね? 属性と、あまり関係ない気がしますね」
次の扉の前で、私は扉に描かれている文様を見つめ呟く。
触れてみても、火や水の部屋のような「何か」は感じない。
「あぁ、ここは何も感じないな」
ツキミも扉に触れ、私の意見に同意してくれる。
「最初は、属性の数に合わせた六部屋だとも思いましたが、ここは違うのかもしれません」
火、水、風、土、光、闇の六属性のうち、火の部屋と、水の部屋はあった。
「あちらの二つの扉は、文様から察するに風属性、土属性だとは思いますが……」
風と壺の文様が浮かぶ扉を見つめ、私は口を開く。
(なぜ壺が土の象徴なのか、その由来までは分からないけれど……)
土属性の象徴として壺が多く使われているのには、何か理由があるのだろう。
「草と木が、それぞれ光属性や闇属性に分けられるかというと、なんだか違う気がしませんか?」
光属性の象徴は、太陽、星で表現される事が多いはずだ。
闇属性に関しては、未知な部分もあるが、草や木が象徴というのは聞いた事がない。
「そうだな。火や水の部屋とは、違った目的で作られた部屋なのかもしれない。開けてみるか?」
ツキミが、少し楽しげにそう言うと――
「これ、魔力草じゃないっすか? ちょっと似てるっす」
黙って話を聞いていたセイカが、草の文様をツンツンと突いて口を開く。
「確かに、そう見える気もしますね」
少し抽象化されてはいるが、魔力草だと言われると、そんな気もする。
「なるほど――魔力草か。いずれ開けるんだ、次はここで良いだろう」
ツキミはてっきり、次は風か土の扉を選ぶと思っていたが、どうやらこの扉が気になるようだ。
確かに、火の部屋と水の部屋が何もなかったように、土や風の部屋を開けたところで、何もないかもしれない。
それならば、魔力草の扉を選ぶのも悪くないと思う。
(未知な分だけ、少し怖いけど……)
「ここにするっす! お宝を待たせたら可哀想っす!」
セイカもこの扉で異論は無いようで、お宝を迎えに行く気満々だ。
「そうですね、ここを開けてみましょう。でも、少しだけ待ってください」
私はそう言うと、ずっと肩に負担をかけている鞄を床に置く。
「ふぅ」
私は、小さく息を吐き背を伸ばす。
(ずっと重かった……)
私は鞄からごそごそと筆記用具、ハンカチ、手鏡を取り出し、ポケットにしまう。
鏡は、物陰を覗く時に便利だったりするのだ。
「はい、準備完了です。他の部屋の確認もあるので、鞄はここに置いていきます」
まだ閉じた扉を見つつ、私は肩を軽く回す。
(火の部屋を開ける前に、置いておけば良かった……)
「では、魔力草の部屋を確認してみましょう!」
私がそう言って扉に手を伸ばすと、セイカも「開けるっす!」と言いながら、扉に手をかける。
ギギ……。
今までと同じく、音を立て扉が開いていく。
ただ、熱気や冷気が溢れてくる気配は無い。
ギ……。
やはり鈍い音がして、扉が開ききる。
扉から手を離し、軽く見回すと、造りは今までの部屋と同じに思えるが――
「なんかあるっす!」
唐突にセイカが声を上げ、正面の壁に指を差す。
部屋には何も置かれていないようだが、目を凝らしてみると確かに、壁にいくつかの丸いモノが埋め込まれているようだ。
「何か付いていますね」
私がそう言うと、セイカが目を輝かせ駆け出す。
「あっ、セイカさん! まだ、触らないでくださいねっ!」
私とセイカの、もう何度目か分からないやりとり。
ツキミも気になるのか、私を追い越して、セイカの後を足早に追う。
(流石にツキミは無造作に触らないと思うけれど……)
とはいえ、私も気になるのでツキミの後を追う。
私が追いつくと、二人は既に壁に埋め込まれた何かを観察している。
「この丸いの、石っすか?」
セイカは言いながら、丸い何かを指差す。
「磨かれた石でしょうか? 綺麗にはまっていますね」
ただの石ではないとは思うが宝石のように、輝いてもいない。
五角形を描くように配置され、大きさを正確に合わされた穴にしっかりと、はまっているようだ。
五角形の中央には、扉と同じ魔力草の文様が刻まれている。
「何かの仕掛けかもしれないな。手順はわからないが……」
ツキミは頬に手を当てると、考えながら呟く。
確かに、他のダンジョンでも、何らかの仕掛けが残されている所もある。
そう考えると、ツキミの推測は間違っていないと思う。
でも――
「仕掛け――ですか。ちょっと怖いですね……」
安全かどうかは別の話だ。
「叩いたら、何か出てくるかもしれないな」
ツキミが口の端をわずかに吊り上げると、そんな言葉を私に投げる。
(また、物騒な事を平然と……)
先に進む方法を探している今、見つかった手がかりの一つかもしれないとは、思う。
ツキミが言うように、この仕掛けを動かしてみるのも選択肢の一つだ。
(どうやって動かすか、分からないけれど……)
手がかりがあることを信じて、他の部屋を先に調べてみるか、とりあえず、この仕掛けに触れてみるか、そう思案していると――
「じゃあ、とりあえず全部叩いてみれば、お宝が出てくるんじゃないっすか?」
私の心配など、どこ吹く風といった様子でセイカは目を輝かせ、そんなことを言い出す。
「ちょ、セイカさん、待っ――」
ハッとして、私が制止の声を上げるよりも早く、彼女は魔力草の文様に思いっきり平手打ちを食らわせる。
パシンッ!
乾いた音が部屋の中に響く。
「えっ!? セイカさんっ! 何してるんですかっ!」
思わず叫んでしまったが、もう遅い。
セイカは「えいっ! えいっ!」と楽しそうに、次々と丸い石にも手を伸ばし、叩き始める。
ペシッ! ペシッ!
ペシッ! ペシッ!
ギッ――バンッ!
(バン?)
セイカが石を叩く音に続き、背後で鈍い衝撃音が響く。
「えっ!?」
振り返った瞬間、目に飛び込んできた光景に、背筋が凍る。
「と……扉が、閉まった」
私は言葉を漏らすが、開いた口はなかなか塞がらない。
「おぉ」
「罠か?」
セイカとツキミも、扉が閉まった事実を確認し、それぞれに反応を示す。
二人に恐怖の色は感じられない。
(何で落ち着いてるのっ?!)
二人の感覚に、物申したい気分になるが、それよりも――
「扉! 開けないと!」
焦る気持ちのまま、私は声に出し、扉に向かおうとした時。
「待てっ! 離れるな」
ツキミの鋭い声に、思わず足が止まる。
今までにない口調に驚いて振り返ると、ツキミは赤く明滅する石を、見据えているようだ。
「「あっ……」」
私とセイカの間の抜けた声が重なる。
(いつの間にか、光ってる……)
「光ってるっす! きっと、お宝が出てくるっす!」
セイカは明滅する石を指差し、お宝を待ち望んでいるようだ。
この状況でもお宝を夢見るセイカを見ていると、ため息よりも先に、思わず苦笑いがこぼれる。
(まぁ、何も起きずに、ただ、お宝が出るだけなら、それが一番良いけれど……)
そんな、半ば達観にも似た心境に浸る間もなく――
ゴゴゴゴゴ――
振動と共に、低く鈍い音が足元から響く。
「きゃっ!?」
「わっ、なんすかっ!?」
私とセイカが驚きの声を上げる。
ツキミは、驚く私たちを見ているようだ。
壁に埋め込まれた石は、まるで怒り狂ったように激しく明滅を繰り返す。
地響きは、さらに大きくなっていく。
(なっ、何が起きるのっ!?)
そして、次の瞬間。
私たちが立っている床が、中央から「ガタンッ!」と激しい音を立てて割れたかと思うと――
下へ傾くようにして一気に開く。
(えっ……)
「うわあああああっ!」
「きゃあああああっ!」
唐突に足場を失った私たちは、なすすべもなく、奈落へと吸い込まれていく。
体が宙に浮く感覚。
何かにぶつからないように必死に手足をばたつかせるが、それも無駄な抵抗だった。
そして、意識が遠のく寸前、私は確かに聞いたのだ。
「……そういう事、か」という、ツキミのあまりにも冷静な呟きを。
(そういう事って、どういう事っ!?)
心の中でそう叫んだのを最後に、私の意識は完全に闇に飲まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます