「でも。届かねっすよ?」

 セイカが天井と、地面に視線を行き来させながら、現状を告げる。


(たしかに……)

 セイカの言うとおり、一番背の高い私が手を伸ばしても、届かない高さだし、足場もない。


(だったら!)


「大丈夫です。任せてください!」

 そう言うと、私はまず光ガス灯を足元に置き、肩にかけている重い鞄も、ゆっくりと地面に下ろす。

 二人が「何が大丈夫なのか?」という顔で振り向く。


「私が台になります。これで届くでしょう」

 そう言いながら、私はその場で四つん這いになる。

 膝に触れる地面が冷たく、少し痛い。


「なっ……。何をしているっ……?」

 ツキミの明らかに動揺していると思われる声が聞こえる。

 だが、この体勢でその表情を伺い知ることは出来ない。


「ツキミさんが、私の背に乗れば届くと思います。セイカさん、ツキミさんが落ちないようにしっかり、支えてあげてください」

 私は念の為、セイカに補助を頼むと「わかったっす! まかせろっすよ!」と、すぐに返事が返ってくる。


 だが、背中に感触はまだこない。


(あれ……?)


「ツキミさん……?」

「早くするっす」

 セイカと声が重なる。


 私は一度、地面から手を離す。

 そして、膝立ちの体勢になると、ツキミの様子を伺う。


「ま、待て。まず叩くモノを用意する必要があるだろう」

 ツキミは、私たちの視線を受け止めると、慌てたように短くそう告げ、辺りを見渡し始める。


(そうだった……。石か!)

 ツキミの言葉と、様子を見て私も気付く。


「セイカさん、セイカさんも叩くのに手頃な石が無いか、探して貰えますか?」

 私はセイカにも応援を頼む。「まかせろっす!」と、威勢の良い返事をして、セイカも石探しを始める。


 私も探そうと、辺りを見渡し始めてから数秒後――


「これがいいっすよ!」

 早くもセイカが、手頃な石を発見し、その手より少し大きな石をかざす。


「さすがセイカさん、早いですね!」

 私はセイカの差し出した石を受け取る。セイカは得意そうな笑顔だ。


(うん。これなら大丈夫そうだ)

 まだ、石を探しているのか、私たちに背中を向けているツキミを呼ぶ。


「ツキミさん……?」

 ツキミはピクッと少しだけ肩を揺らしたかと思うと、こちらを向き――


「早いな……」

 それだけ言い、私の手にある石に視線を落とす。


「はい、セイカさんがもう見つけてくれました。この石なら大丈夫じゃないですか?」

 私は膝立ちのまま、セイカから受け取った石をツキミに手渡す。ツキミは石を受け取ると、短く呟くように口を開く。


「……問題ない」


「よかった! では……」

 私はセイカの瞳を見つめ、一度だけ笑顔で頷く。セイカも、頷きで応える。

 ツキミを支えるフォローは大丈夫そうだ。

 それを確認すると、私は再び地面に手をつき、調査の開始を告げる。


「はい。大丈夫です、ツキミさん、お願いします!」


「あぁ。……わかった」

 そう言うとツキミは、私の横まで進み、鞄を置くとゆっくりと靴を脱ぎ始める。

 そして……別に、意識をしていた訳では無いが――


(な……。なんて綺麗な……足……)


 ズボンの裾から覗く、その、あまりにも華奢な足首と、血の気を感じさせないほどに白い、陶器のような肌に、思わず目が奪われる。


 ゴクリ……。思わず唾を飲み込んでしまった。


(私はいったい――何を……)

 突然出た雑念を払うため、ブンブンと顔をふる。それで、驚かせてしまったのか、ツキミの不安そうな視線が痛い……。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫です!」

 私は慌てて謝罪をしつつ、体勢を維持するように努める。


(同じ女子として――ただただ羨ましい。悔しさすらでない……)

 払い切れなかった雑念と対話しつつ、ツキミが乗るのを待つ。


「大丈夫っすよ! しっかり支えるっす!」

「わかっている。わかっているから……まだ触るな」

 セイカと、それに続くツキミの声が洞窟内に響く。


 二人のやり取りはあまり見えないが、セイカがちゃんと支えてくれているはずだ。

 不安定な背中だし、不安もあるだろう。セイカがちゃんとフォローしつつ、励ましてくれるのは、とても頼もしい。

 そんな事を考えていると、背中に感触がくる。


 一つ……。

 二つ……。


 どうやら、両足ちゃんと乗れたようだ――


(軽っ!)

 再び……完全な敗北感を味わうと同時に、余計な事を考えてしまう。

 でも、普通の女子なら絶対に同じ事を思うはずだ。


(セイカはわからないけれど)

 ただ、昼食会を思い返すと、これは絶対に、声に出してはいけない感想だと分かる。

 よって、これは私の胸に秘めておく事を決め、今は状況だけを聞いておく。


「ツキミさん、大丈夫ですか? ちゃんと立てますか?」


「あ、あぁ。問題ない」

「しっかり支えてるっす! 平気っす!」

 ツキミとセイカが同時に答える。


「では、調査をお願いします。セイカさん、そのままツキミさんを支えていてあげてください」

 私の、その言葉を合図に、ぐっ、と、一方の足にかけたのであろう重心が、背中に伝わってくる。


(バランスを崩さないようにしないと)


 やがて、力を込めた両手に意識を集中していると――


 コツン、コツン――

 硬く、乾いた音が、静かな洞窟に響く。


 カーン、カーン――

 若干の材質、もしくは叩き方の違いからか、幾つかの音色がその後も何度か続く。

 音の調査であるため、私たちは皆黙ったままだ。


(違いに気付ければ良いけど……)

 私は、更に集中するため、そっと瞼を下ろす。


 ツキミとセイカの移動を、背中と耳で感じる。叩く場所を少し変えるようだ。

 硬質な音、少しだけ鈍い音、いくつかの種類の音が、静寂の中に響いては、水が滴る音と共に消えていく。


「もう、いいだろう」

 ツキミがそう告げると、背中に感じていた二つの力が、均一になった事に気付く。

 調査が終わったのだろう。


「はい。セイカさん、ツキミさんが転ばないように、お願いしますね」

 閉じていた目を開き、私はまず、セイカへと声をかける。


「だっ、大丈夫だ。もう離せ」

「まだダメっす! あぶないっす!」

 また、ツキミとセイカの声が洞窟内に響く。


 二人の声に耳を傾けていると、スッと、背中にかかっていた力が消える。チラリと振り向けば、ツキミは既に降り、靴を履こうとしているところだ。


(よし!)

 私は一息ついて、両手を地面から離す。

 膝立ちの姿勢になると、ちょうどツキミは靴を履き終えた所のようだ。


「ツキミさん。ありがとうございました。セイカさんも。それで……」

 音の結果をツキミに確認しようとした、その時。

 ツキミはそのまま、背を向けて歩き出してしまう。


(あれ……?)


「ツっ、ツキミさんっ?」

 ツキミを呼び止めるも、ツキミは歩みを止めない。セイカも、小首をかしげている。


(あっ、また……)


「待っ――」

 私が呼び止めようと声を出しかけると、ツキミは歩みを止め、辺りを少し見渡す。

 そして、おもむろに壁へと向き直り、手にした石で叩き始める。


 コツン――


 その、最初の響きが、私の胸を貫く。


 自責の念に背中を押されたのか、気付けば、私の両手は再び地面に着いていた。


(そうだ、当然だった……。離れた場所との比較は必須だ……)

 自分の不甲斐なさにため息が出る……。


(あとで、謝ろう……)


 でも、今は調査に集中しなくてはならない。


 私は、石の響く音に耳を傾けながら、セイカの方を向く。

 そして、そっと口元に指をあて「しーっ」という素振りで合図をする。


 セイカは、私の意図をすぐに察してくれたようだ。

 うん、と一つ頷き、そのままツキミの調査を見守る。


 その横顔は、とても優しい。

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