第2話 勇気と覚悟だけが勝利を見る

 藍色の上着とズボンに、純白のシャツ、任意だが藍色のネクタイが制服である。併しネクタイは付けず、メルヴィル公爵から貰ったサーベルを携え、ベエルに見せる。

 私は今、ベエルの邸に住んでいる。16歳から成人の為、どこでも暮らせるがベエルからの条件で住んでいる。

 住んで二週間が経ったが、ベエルは素顔を一切見せず、あまり帰ってこない。帰って来たと思えば、一日二日部屋に籠って食事を摂ると直ぐに出て行く。そして使用人は一人しかいない。エルフの「ライラ」だけである。

 さて、院の名は確か、バルトール大学だったろうか。私はベエルからの推薦で編入学する事になっている。ベエルは男爵の地位を持っているが、男爵では推薦は出来ず、衛兵隊長としての推薦らしい。

 ライラが御者をする馬車に乗り、学院に着く。学院は帝都の端の方にある。門番に紙を見せ、正門を進むと玄関には、馬車用の車回しがある。左右非対称の学院の中央には鐘塔がある。

 確か学院では右を剣、左を魔術の学び舎としている。故にか、右から院を回る際は右回りの勇気と呼ばれ、左から回る際は左回りの技巧だと云う。

 九分九厘の学徒は、剣と魔術を共に学ぶらしいが、時に片方だけを学ぶ者が居ると云う。

 曰く、大半の学徒は貴族らしい。院の最奥に五つの教室がある。全ての教室には名前がある。尊厳の間、瑞雲の間、美徳の間、弥栄やさかの間、至誠の間である。私は至誠の間である。現在に於いて、至誠は一回性、尊厳が二回生、美徳が三回生、弥栄が四回生、瑞雲が五回生である。

 至誠の間に教師の「マクスウェル」と共に入り、名乗る様に云われた。前世が軍神である事を名乗っても良いが、信じられる事は無いだろう。名乗る事など無いが、適当に馬に関する事が得意とでも云えば善いだろう。

「ファゴール・アスト・カミュだ。得意な事は馬だ」

 ヴェルトが話す。

「ファゴールは衛兵隊長のベエルマン氏からの推薦だ。仲良くする様に」

 幾つかある空席に、自由に座る様に云われた。教室は階段状で、私は五段あるうちの四段目の、左・真中・右がある中で、真中の左側(一つの席に三人座れる。大学の旧い教室などを調べて頂ければ想像に容易いはず。)に座る。

 まず歴史の授業が始まった。ちょうど神話の時代が終わって、人間の時代になったらしい。マクスウェルが少し話して私に問うた。

「ヴァルボーには軍神とは違う有名な異名がある。そしてその異名が付いた原因となる戦いがある。それはなんだ?」

蛮狂ばんきょうの王です。戦いはマルト雪嶺で千の龍との戦闘です」

「正解だ。地名まで知っている者は少ない、よく知っているな」

 本人だからだ、と云いたい気持ちを抑え、マクスウェルは「さて」と云って先を話した。

 授業が終わり、短い休憩時間に院を探索しようと思ったが、同じ至誠の間の男の学徒に話しかけられた。「ベルトルト・ライン・フォード」と彼は名乗った。

「お前、ベエルさんの関係者なのか?」

「推薦を受けている以上、関係者以外に何がある?」

「確かに。じゃあ、どういう関係なんだ?」

 こういった際、なんと云えば良かろうか。私とベエルの関係は、師弟だとか知り合いだとか、簡単には説明できない。

「そうだな……、色々と複雑なんだ」

 互いの身の上話をしていると、次の授業が始まった。魔術講師のアルバートが入って来た。

 魔術訓練用の敷地に移り、いとも容易い魔術を幾つか放った。魔術の授業が終わると、昼食である。ベルトルトと共に、或る女と食事である。女はベルトルトの馴染みらしく、ベルトルトが私に紹介してきたのだ。女の名は「レイ・ラングス・ルバルト」だと云う。この国の名はルバルトらしいが、もしやレイは皇族だろうか?

 さて食堂では、久しぶりに大好物である「魚の鱗のマルクスープ」を賞玩できるかと思われたが、無い、無い、どこにも無い! 何故だ、バルト王国では国民食同然だというのに、まさか歴史と共に消え去ってしまったのか?

 哀しみで味があまり感じなかったが、サンドウィッチという物を食べ、次の授業の為に剣技訓練室に入り、既にいる数人の学徒と共に待機した。すると、武術講師のアンドレイが入って来て、メンズーアという決闘の訓練が始まった。

 曰く、メンズーアは元々遠くの国の決闘らしく、ルバルト帝国の貴族は、次男以降の人間を戦地に連れて行き、長男は家督を継ぐという伝統だという。その際、家に残された長男は、勇気と覚悟を示す方法が少ない為、このメンズーアに依ってその二つを示す、という伝統が誕生したらしい。

 なんとも、卑しく卑怯だと感じられる。戦に於いて勇気とは、戦地に降り立って進む事。戦に於いての覚悟とは、己の死を以て敵軍を討つ事。メンズーアに於いては、勇気は剣を振るわれ剣を振るう事、覚悟は高々傷を恐れぬだけ。而も、その傷は勇ましさと捉えられるというではないか。

 漸く凡ての授業が終わり、院の探索が出来る。勇気の右回りをした。すると、訓練室から破壊音が聞こえ、覗くと十文字槍を振るう男が居た。癖が、直属の配下のバルト十二騎士が一のレナウリスに随分と似ている。

 訓練室に入ると、男が振り返って私を見た。見つめ合うと、懐かしさを憶えた。先に口を開いたのは、男の方だった。

「まさか…」

 男はそう云って私へ興奮気味に近づいた。

「まさか、ヴァルボー様ではございませんか!? 私はバルト十二騎士が一、導きのレナウリスでございます!」

「誠か! 久しいなレナウリス! まさかお前も転生したのか?」

 私がヴァルボーだった頃、彼は最大の腹心であった。レナウリスの現在の名は「レガルト・メルフェイル・ハザード」だという。

 そして、互いに現在に至るまでを話し合った。レナウリスは武術だけを学んでいるらしい。



——四つの神器——

 別々の時代、ルバルトを守護した英雄が居た。その英雄たちの得物とした物の中で、神器に相当する四つの武器。


——慈悲(レイピア)——

 最強の決闘人でなければ持つ事が許されぬレイピア。最初に血を浴びたのはメンズーアだとされ、相手の命を剣と共に切り裂いたが為に、凡ての決闘での使用は禁められる。


——憧憬(曲剣)——

 不滅の黄金から作られた曲剣。振るわれたその時、一対の黄金の影が姿を現す。戦禍に一振りが失われたが、併し現存する一振りは今もなお黄金を放っている。

 最初の持ち主は、武器と戦争の達人であった。曰く、この一対は晩年に於いて唯一の武具、そして百千の武器が無くなった時に振るう、最後の武器であった。


——敬意(直剣)——

 最後の騎士王が振るった直剣。騎士道と云う呪いを介し、漸く人を傷付ける。血の蠢き、死の蠢きを制する。


——戦慄(エグゼキューショナーズソード)——

 持ち主がそれを首と認識すると、絶対に切り落とす処刑人の剣。代々処刑人の一族が受け継いでいる。血を啜り、刃とする。骨を断ち、刃を研ぐ。

 最初の持ち主は長身の盲目であった。盲人が所有していた頃は、まだ首を必ず斬り落とす力は無かったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

軍神転生 国芳九十九 @Kabotya1219

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る