軍神転生

国芳九十九

第1話 軍神と呼ばれた王

 バルト王国の森に囲まれた辺邑で、焼野と化した草生に武器で作られた十字架があった。そこには磔にされ、百の武器が躰を穿ち、石を投げられ、三日三晩燃やされた男が居る。王としては弱いが、人間と云うにはあまりに強すぎた者が、この男「ヴァルボー」なのだ。

 過去のヴァルボーは、幾万の兵を己が神器「戦神の外套」(ハルバードに旗もといマントを巻き付けた物)で率いて、多くの国を滅ぼした。併し、唯一愛した女である妻と、唯一愛した男である息子を流行り病で亡くしてから、彼の歯車は狂い始めた。

 上記には、磔にされて武器で刺されて三日三晩燃やされると共に石を投げられた、と書いたが、ヴァルボーはそれだけでは死ななかった。辺りに居る兵と石を投げた者をなべて魔術で殺し、最期に己の心臓を潰して漸く死んだのである。



 男の今世に於いての名は、「ファゴール・アスト・カミュ」である。

 幾つもの絶叫が螺旋を撒き、白く青く緑の印象ばかりが残る世界で、視界が黄色く、赤く滲んで混淆し、気づけば朝靄の様な視界から靄が消えた時であった。ファゴール、獣人語に似たイントネーションながらも大陸語の、最初の言葉である。

 耳に入っても、水の閉鎖空間に籠る言葉に代わって、その言葉の一つ一つは晦渋に感ぜられた。彼は息子が生まれた時、戦場に居たが為に羊水を知らず、言葉が籠って聞える理由を知らなかった。獣人語訛りに馴れた頃には、羊水が漸く失せて、聞こえやすくなっていた。

 火照った母に抱かれ、回顧した伝承のお陰で状況を概ね理解することが出来、併し何かから意識を引っ張られる様にして、瞼が開くと四歳になっていた。

 カミュ家は没落貴族である。今や平民と同じだが、金や物を多く持っている。殊に、質実剛健の馬が多くいる。カミュ家が没落した時代は、先代であった。その頃は、現代よりも戦争が多く、馬を重視した王がカミュ家含め、十の家に質実剛健の馬の育成を命じたのである。併し、没落した今やその技術で馬を育てるしかなかったのだ。

 御者をしているのは、父親である。中に居るのは、母と姉とファゴールと白黒の猫の獣人のメイド「カーミラ」である。

 着いたのは指定安全海域の海であった。青く冷たく、凪いている。



 ファゴールは一七歳である。

 父は四年ほど前から急激に躰を悪くし、私は代理として、カーミラと共に帝都へ馬を届けに来た。黒い外套に黒い帽、サーベルを携えた衛兵が居る。前に来た頃より増えている。最近、或る衛兵が謀反を企てたらしいが、恐らく信用の為に躍起になっているのだろうな。

 メルヴィル公爵との会話。

「或る衛兵が謀反を企てたと聞きましたが、それであんなにも衛兵が多いのですか?」

「その通り。企てた衛兵には五シャール(五万円相当)も懸かっている。平民が生きるのに四箇月分だからか、戦える者は躍起になっている」

「なるほど、駄馬二頭分ですか…」

「そういえば、父君は元気かね? 無理を云って父君に育ててもらったが」

「年間で一頭育てる程度であれば、差支えはありません」

 去り際、「ファゴールくん、ここ最近、治安が悪くなっている。旧いが持って行くと善い」と云われ、美しく装飾されているが少し錆びたサーベルを渡された。

 感謝を伝え、宿に行く。カーミラは黄昏を浴びて寝ている。街を散策する、と書置きをして、街に出る。私も馬の調教は出来るが、父ほど巧くは無い。姉の「オルカ」は剣と魔術の腕を買われて学院に居る。弟の「アゴール」は頭が善い、殊に魔術を作る事に関して長けている。学院に通わせてあげたいが、併し金が足りない。衛兵の賞金があれば当座の収入を学費に充てられる。

 夜が降りる。魔力に作られた鷹よ、吾が目標を探せ。魔術で闇に溶け込む鷹を送り出す。

 当座は姿を隠す。——見つけた。——鷹に足止めをさせ、走る。

 着いた頃には、鷹は凡て斬られていた。男は月並みの衛兵と変わらぬ見てくれである。だが、右足が義足の様だ。互いにサーベルを構える。

「先の魔術の鷹は貴様だな? 若いが、随分と旧い構えをするのだな。(守りを捨てている。あの構え、旧い時代の強者に多いが、只の我流故だと思うしかあるまい)結果はどうであれ、やめておけ。一つの傷で死にかねぬぞ」

 共に斬りかかり、現れるのは血ではなく金属音と共に生ずる火花である。男は煉瓦を削って生まれた塵で、私の視界は遮られ、その隙に一突きされて、避けるが眉を斬って血が垂れる。

 剣を振って、男の前腕を少しだけ斬る。

「良き思考速度、そして攻めに長けつつも守りに一瞬で転回させる技術。併し、躰が覚えている様には見えぬ。貴様、さては転生者か? 私は百士の長「シュライブ」! 名はなんだ?」

「善いだろう。吾は軍神「ヴァルボー」! 存分に血を滾らせ、骨を、臓物を、魂を露見させようぞ!」

 いま戦わずして、何がヴァルボーか、何が軍神か!

 シュライブは外套を勢い良く脱ぎ捨てた。私は完全に守りを捨て、只斬りかかり、只突き刺す。殺す為に!

 塵埃が、血が飛ぶ。シュライブの左胸に刺し、肩へ引き上げる。男は倒れ、私は膝をついて血を垂らす。

 大人の声が聞こえる。戦士の誓いを下とは云え、この容態では神術が使えない。これほどまでに私が弱く、腕が鈍っているとはな。皆に申し訳ない。



 目が覚めると、知らぬ天井であった。恐らく病院かと思われるが、私の知る天井ではない。ベッドから出、誰か居るかと思ったが誰も居ない。

 澄んだ窓を開ける。風が傷に染み入る。恐らく二、三日は寝ていたのだろう。過去の私であれば、それだけ眠った頃には大抵の傷は自然に癒えているはずだが、こうも治っていないという事は、私の躰は随分と脆いのだろう。

 戦法を変えた方が良さそうだ。魔力の量や性質は魂に依存する、為に魔力の消費を考える必要は無い。躰の限界を破壊し、神術で治す、若い頃に使っていた戦法が良いだろう。復は龍祷りゅうとう(龍の力を模した、復は使う魔術)を使うのも悪くない。

 「吾に力を」と唱え、躰を治す。服がある事を確認し、上半身の包帯を裂いて取る。すると、運悪くカーミラが入って来た。彼女は驚愕の声で「ニャー!」と叫ぶ。

 カーミラを宥めると、二人の衛兵が来た。一人は兜を被っている、衛兵隊長の様だ。落ち着いた貴族訛りの低い声で語る。

「私は衛兵隊長の「ベエルマン」だ。貴公がファゴールだな? ほう、良き瞳、良き魂だ。人を殺す事に、全くの恐れが無い。さて、シュライブの…殺害、感謝する。奴の実力は百士の長だった事もあり、吾々での殺害、及び捕獲は困難であった。実に大儀である」

「要件はなんだ?」

 ベエルマンの後ろにいる衛兵が、私に一シャリール(十万円相当)を渡した。

「半分は賞金だ。もう半分は勧誘金だ。貴公が我らの条件に従うなら、毎月五シャール与えられる」

 悪くない話だ。どうせ暗殺と云った薄汚い仕事か何だろう。アゴールを血濡れた金で学院へ行かせるのは申し訳ないが、魔術の進化とは、所詮は人を殺す為にある。

「条件だが、貴公の思っている物ではない。貴公、魔術は使えるな?」

「無論」

 べエルマンは金色の鎖に緑の石を嵌めた剣の形をしたネックレスを取り出し、差し向けた。卒爾、周囲を影が覆った。

「ここは吾が固有結界だ。さて貴公、過去の名はなんだ?」

「何が云いたい?」

「しらばっくれるな。時に虚構と称されるが、存在したのだな? 軍神よ」

「殺し合いを求めているのか?」

「貴公には、私に次ぐ存在、欲を云えば私の地位を継いで欲しい。その為に学院へ通い、鍛え、学ぶ」

「良かろう。受けてやる」




——ゲームテキスト風の何か——

 男は貴族の玩具であった。顔に幾つもの刃傷を受けた時、男は貴族から逃げた。

 男は民衆の目に依って顔を恥じた。故に、男は顔を兜で隠匿した。己を玩具とした貴族さえも、気づくまい。

 魂を見、人を殺して、魂を見、人を生かした。

 男は影を率い、まつろわぬ者を殺し、影の王となった。


——百土ひゃくし——

 帝国にあった旧い戦士団。今や多くが死に、残りの多くは傭兵になった。

 長は戦地以外でまともに生きる事が出来ず、世界に呆れ、その思いは理性ある狂気に至った。

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