💀15 風の鼓動


「設計図を燃やして、魔導石精製器マナ・リファイナーを破壊すれば、このヴォーエル家は勝手に没落するよ」


 アシュレが言うには、設計図はこの地下室の真上、邸宅の3階、サマランの執務室にある隠し部屋の中に保管されていて、魔導石精製器は屋敷の裏にある工場の中にある装置だそうだ。魔導石というのは、魔石を精製することによってより純度が高く小型の抽出器で魔力を抽出しやすいように加工する装置とのことで、世界中にこの1台しか存在しないそうだ。これさえ破壊すれば、魔導装甲兵以下すべての魔導兵器がただの鉄屑に成り下がるとのこと。


「では、ロダン。設計図の方をお願いします。私が魔導席精製器を破壊します」

「……わかった」


 ──アルコさん。


 ピルキコの街で出会って全力で戦ったけど、まったく歯が立たなかった怪物。

 元暗黒の谷の門番をしていたって話だけど、そんな話は噂でも聞いたことがない。

 100年間も一人で門番してたら、多少の小競り合いくらいでバイナン王国やシェアローン帝国との戦いに巻き込まれていそうものだが、現在進行形でピンピンしている。魔族に寿命ってないのか、それとも隣の大陸にいる長耳族エルフのように長命なのかははっきりしない。


 設計図は場所がハッキリわからないと在りかが突き止められないので、俺と設計図の隠し場所を知っているアシュレ、そして万が一のためにマルという魔狼フェンリルを俺たちにつけてくれるそうだ。ちなみに俺が全力を出してもこの魔狼にさえ敵わなそう。ホント魔王領って、化け物だらけ過ぎだろ? こんなのうじゃうじゃいたら、あの勇者アーバンテインでさえ、歯が立たなかったのは、しょうがなかったのかもしれない。


 地下から階段を上がり、アルコさんと別行動を取る。


「だっ誰だおまえは! ──ぐはっ⁉」

「しっ侵入者だぁぁぁ!」


 アルコさんは、玄関から思い切り、前庭へ飛び出して注意を集めながらそのまま裏庭に大きく回る。俺たちは階下に降りて外に飛び出していく見張りの連中を物陰に隠れてやり過ごし、素早く3階へと駆け上がった。


「うっ、父上……」

「アシュレ……貴様、何をしているのか分かっているのか?」


 3階に上がると通路の奥の扉が開き、サマランと用心棒の男が出てきて鉢合わせになった。


「親に反抗したい年頃らしいぜ、まあ、アンタ達親子の場合は一生モンだけど」

「小僧、生きてこの屋敷から出れると思うなよ?」

「俺を小鳥のように握り潰せるとでも? ば~か、テメーはおしまいなんだよ!」

「きっ貴様ぁぁぁぁ!」


 横で膝を震わせているアシュレに代わり、盛大に反抗してやった。

 親を見ただけで、実の子をここまで怯えさせるクソ野郎は俺が絶対許さない。


 マルにアシュレを任せて、前に出る。

 廊下の向こうには、地下で見た用心棒風の男ふたりが同じように前に出てきた。


「ロダン、いいですか? 煌煌闘炎サンブレイカーは使ってはいけません」


 先ほどアルコさんに言われたことを思い出す。

 まあ、用心棒ふたりぐらい、闘気を使わなくても余裕だし!


 ──などと、高をくくっていたが、実際は強かった。


 2対1ということもあるが、このふたりの連携が絶妙で一方的に俺の身体に切り傷が増えていく。


 ギョロ目の男が、柄まで鉄でできた二対の鎌。デコが広い男の方はダガーとナイフを武器にしていて、通路という狭い空間でも不自由なく武器を振り回している。俺の方は、左右の壁や置物である甲冑の像に当たらないように通路の中央から外れないように剣を振らないといけないので、どうしても受けに回ってしまう。


「風の鼓動よ、風精の子らよ、幾許の刃を利剣に宿せ──〈天翔刃颪ヴァロ・テスタ〉」


 魔法による属性付与エンチャントが使えることを別に隠していた訳ではない。

 勇者特有の闘気の方が、詠唱する手間を省けるし、何より強力なので使う機会が今までなかっただけのこと。


 無数に白く光る刃が、剣のまわりを駆け巡っている。

 その効果は、対象物の耐久性を大幅に下げて、強制的に脆性破壊を起こす。

 鉄製の鎌や短剣もこの魔法によって、数回切り結んだだけで、相手の武器に罅が入った。


「ぐはっ、くそ……」

「ちっ、退くぞ」

「貴様ら、契約を反故にする気か!」

「こちらの命を賭ける仕事ころしは契約内容に含まれていない。じゃあな!」


 サマランを見事なまでに裏切り、近くにあった扉を蹴破り、3階の窓を突き破って、飛び降りて逃げて行った。ここまで堂々と逃げられると、いっそ感心してしまう。


「……やむを得ん」


 サマランが、壁から突き出たレバーを下げて、すぐに背中を見せた。


「おい、待て!」

「危ない」


 サマランの身柄を確保しようとしたら、アシュレが背中に抱き着いたので足を止めると、鼻先で剣が真横から振り下ろされた。アシュレが止めてくれなかったらと思うとゾっとする。


 全部で8体の甲冑の像。

 置物だと思っていたが侵入者迎撃用でもあるようだ。


「あおん!」


 子犬化しているマルがいつもより勇ましく吠えると、無数の氷片がマルのまわりに浮かび上がり、甲冑の像がすべて動かなくなるまで、氷の矢が吹き荒れた。


 周囲の壁が穴だらけになり、奥の扉も氷の矢で破壊されて中が見えている。

 サマランの姿は、すでになく、自室の設計図の隠し部屋で設計図を持ち去って、裏口から逃走した後だった。


「──なっ⁉」

「きゃぁぁ!」


 サマランの部屋の窓が爆風で内側に割れた。

 窓ガラスの破片はマルが、アシュレをかばって氷の障壁を張って事なきを得た。

 俺は、多少の傷を負ったが、特に問題はない。


 3階の窓から外を見ると、裏庭にある工場が跡形もなく無くなっていて、その近くでサマランが気絶しているのか倒れているのが見えた。





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