💀14 選択する勇気


「お前の親父さん、マジでクズだな」

「……そうだね」


 アシュレが泣き止むまでしばらく見守っていた。

 彼女のすすり泣きがやがて静まり、部屋には時計の針の音だけがカチ、カチと響いた。薄暗いランプの灯りが、涙に濡れた少女の頬を鈍く照らしていた。

 落ち着いたところを見計らって、ロダンが声をかけた。


 ロダンの声に相手を気遣っている素振りはない。だが、逆に今のアシュレにはロダンのような無遠慮な接し方が正しいのかもしれない。


「で? 抽出方法って何?」

「それは……」


 少しだけ言葉を詰まらせた後、淡々と先ほどサマランがアシュレに迫っていた抽出方法という単語が意味するある計画を説明しはじめた。


 魂の剪定・・・・

 人間の魂を肉体から切り離し、無人装甲機に魂を定着させるという計画。

 先ほど試していたのは、人間の魂無しで、どうにか命令通りに動かないかと実験していたようだが、どうしてもうまくいかないらしい。


「本当は、知っているんだ」


 つぶやくようにアシュレが告白する。


 アシュレの叔父。領主のサマランの弟に当たる人物が、その方法を生み出したそうだ。


 アシュレは、物心ついた頃から叔父の研究室によく遊びに行っていたそうだ。

 帝国のカラクリのほとんどはこの叔父の発明によるもので、アシュレは色んな技術を叔父から習ったらしい。


「アシュレ、これは決して誰にも話してはいけない。お前の父、サマランにもだ」


 この技術が確立した時点で帝国は無敵になる。

 老人から女子どもに至るまですべての人間を無慈悲な殺戮機械に変えてしまう禁断の技術。もし魂の抽出法を知られてしまったら、アースヴァルト大陸の国々の滅亡だけにとどまらず世界中が劫火に包まれてしまう。


 叔父はすでにこの世におらず、サマランの手によって殺されたのではないかと噂されているという。


 アシュレが開発せずとも、サマランが帝都から研究者を呼び寄せ、日夜、実験が繰り返されているそうだ。


「それで今、この街では誰も信用できない空気が流れてるんだ」


 アシュレが言うには、この街では窃盗など軽い罪でも死刑になるそうだ。それも碌な裁判も行われず死刑宣告されるため、住民は復讐のために密告したりされたりして、一見、誰にも恨みを買わないように明るく振る舞うものの、裏では血を分けた家族ですら、信用できずにいるという。


 街を見て回った時に、背筋に冷たいものが何度も走った。誰かがこちらを見ている気がしたが、振り返っても妙に明るい雑踏の中、視線を寄こしている人間は誰もいなかった。沈みかけた太陽が建物の隙間から細く差し込み、人々の影を不気味に伸びるように見えたあの違和感はやはり間違いではなかったということか……。


 サマランに画期的な発明品を創造する力はない。

 叔父を使い潰すだけ使って殺してしまい、今度はアシュレの番となり、彼女もまた魂の抽出という禁術を報告した時点で処分されると考えているそうだ。


「んで? お前は親父に死ねって言われたら死ぬのか?」

「ボクは……」


 ランプの炎が揺れ、アシュレの顔に揺らめく影を落とし、沈黙が流れ始めた。

 ロダンの不器用ながらも少女を焚きつけて、選択する勇気・・・・・・を生み出そうしているのがわかる。


 でも……。

 まだ12、3歳の少女。

 外の世界を知らない温室育ちのお嬢さん。

 まるで無惨に散った彼女が飼っていた小鳥のように、少女自身も籠の中の鳥のようだ。


 利用されるだけ利用されて、理不尽にも握り潰されるか籠の外に出るかは少女の意志が必要だ。だけど、私にも少しだけ彼女の背中を押すことはできる……。


「君の叔父さんが君に遺してくれたもの、そして君が生み出した知識や技術は何のためにあるんですか?」

「叔父さんやボクの知識……」


 知識や技術に罪はない。

 それは剣だって同じことがいえる。

 人を殺すためのもの? 

 本質的にはそうかもしれないが、剣で誰かを守ることだってできる。

 生きるために狩りをすることだって、なんだったら羊皮紙が風に飛ばされないように書鎮おもしにだって使える。


 考え方、使い方次第で、何の変哲もない道具や知識でも悪いことに利用する人間はいる。何を知っているか、何ができるか、ではない。何をするか・・・・・何を望むか・・・・・、だ……。


 私が全部伝えるのは容易い。

 でも少女が自ら導き出すことが重要だ。

 彼女自身の彼女だけのための人生。

 決めるのは本人でなければならない。


「ボクや叔父さんの発明は人殺しのための武器どうぐなんかじゃない。人を幸せにするための希望どうぐなんだ」


 言葉が喉で震えながらもはっきりとそう告げた。

 目にも強い覚悟が宿っているようにみえる。

 この先、アシュレの未来は想像していた道とは大きく外れることになる。それは間違いない。しかし──


 少女が選択した言葉を聞いて、私も決めた。

 その選択を実行するには、まずやらなければならないことがある。

 それは私たちでも手伝えること。

 人生という名の舵は本人が握るべき。

 だが、同じ船に乗り合わせることくらいはできる。


 私が口を開こうとしたが、ロダンが先にアシュレに伝えた。


「なら後は任せな、お前ん家をメチャクチャにしてやっから!」


 うーん。

 まあ、結果的にはそうなるけど、言い方……。






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