天の章
青々とした爽やかな空は血のように赤黒い空に変わり,降り注ぐ淡い光は、灰と瓦礫に変わってしまった。地面を彩る花々は無残にも朽ち果て、歌い踊り、神と共にある天使も今や血なまぐさく死んでいる。
神々しく純白だった神殿は崩壊し、神殿を彩る美しい白色も見る影もなく血で染まっている。
神殿の中にあった優雅で美しい女神像も、上半身が切り落とされ台座の下で粉々に砕け散っていた。女神像の下半身と台座には血飛沫が飛んでおり激しく争われたことが容易に想像出来る。
そして、崩壊した神殿の周りには数多の天使の死体と、妖霊の死体転がっている。これを見ると、ここで天使と妖霊とで激しい戦闘が行われたのだろうと言うことが分かった。
天使たちの死体を乗り越え、壊れた女神像を通り過ぎた先、神殿の中腹に入ると、血で何かを引きずった様な跡が見える。まるで、ヘンゼルとグレーテルの石のように行先を示すそれは、神殿の奥深くまで、続いていた。
血をたどって行った先、光の無い薄暗い神殿の最深部にある、かろうじて残っていた玉座の前には元々は何であったかも分からないほどに原型を留めていない、しかし、ドクドクと脈打っている赤黒い肉塊が転がっていた。そしてその前には、少し髪の毛が外にはねれていて、茶色いジャケットを着た一人の男が立っている。
男の体は傷だらけで服はボロボロで血に染っている。その血は血飛沫か、己の血か、それともその両方か知る術は無い。
男は目の前でドクドクと脈打つ肉塊を蔑むような目で見ながら持ち上げると、ギュッと恨みを込めたように強く、強く握りつぶした。握りつぶされた肉塊はビチャリと音を立てて勢いよく散り散りに弾け飛び、辺りに肉片が散って跡形もなくなった。
果たして、たった今男が握りつぶした肉塊がこの天界を統治する神であったか、それとも別の者だったのかはもう男にしか分からない。
肉塊が転がっていた場所を見つめると、男は押さえていた喜びと溢れ出る笑いを受け止めるかのように口元に手を置き独り言を呟いた。
「はは……あはははは……やっと……やっとだ。やっと俺たちは神から、いやこの
男が悦にひたっていると後ろからゆっくりと歩く足音が聞こえてきた。
しかし、男は焦る素振りも見せず振り返る。
振り返った先、神殿の最深部に繋がっている入口には長身でロングコートを着て眼鏡をかけた、少し陰鬱そうな男が立っていた。
「…終わったのか。
男は玉座の前にいる男、戸石天に問いかけた。
戸石天は先程までの笑みを少しだけ残しつつ陰眼天の横まで歩いて、陰眼天の肩に手を置いた。
「あぁ、もちろんだ。いや、お前には言わなくても、もう知ってるんだろ?
戸石天は陰眼天の横から離れるとき、外の光を受け、明るくなっている神殿の入口を真っ直ぐに見つめながら、口元に笑みを残しつつ質問に答えたあと、そのまま手を離して不気味な紅色の光が差す神殿の外まで歩いて行った。
陰眼天は出口へ向かう戸石天を振り返って追うことも、見つめることもせずに、先程まで戸石天が立っていた玉座の前に目を向けていた。
これから先の、自分を含めた天王たちによって行われた今回の神殺し。
それによって神たちがいなくなり、自分たちが地上や魔界を支配し統治する未来を思い浮かべ、揚々としている戸石天と違い、陰眼天は、先程までの血で溢れ、肉片が散った薄暗い神殿の中にいた戸石天が脳にこびりついたと同時に、数千万年前、もしかしたらそれ以上昔のだったかもしれないとある日の出来事が脳裏をよぎった。
「……これはあの時の罰なのかもしれないな…………俺が何か言っていれば………いや、俺にはあいつを止める権利は無い。ただ、
そう一言呟くと、振り返って神殿の外に向かっていった。
――――――――
一週間ほど前、まだ戸石天たちによる神殺しが行われる前、陰眼天は天界の中でも一番広大な、しかし、まだまだ発展途上の第八都市に来ていた。第八都市は発展途上都市の代わりに美しい風景が多く、たくさんの観光客が訪れる。
その日もあちらこちらに観光客であろう天使や人間たちが訪れていた。
陰眼天は、第八都市の有名観光地である一万以上の向日葵の咲き誇る光ヶ丘公園に足を運んだ。
向日葵畑の入り口、大きな草のアーチのすぐそばにあるベンチには淡い水色のワンピースを着て、黄色のリボンを腰の周りに結んだ、魔法少女のような服装をした身長の低い少女が立っていた。
「あ!陰眼天だ〜!どうしたの〜?用事?」
ふわふわとした口調で話す少女はアーチの向こうで咲き誇る向日葵の様にニコニコと笑いながら陰眼天に話しかけた。
「あぁ、お前に頼みたいことがあってな。」
陰眼天は少女とは打って変わって向日葵が重なって生まれた薄暗い影の様な、これから起きる不穏な出来事を全て知っているかの様な顔をして、静かに少女を見つめながら話した。
「これは、お前にしかできない仕事だ。」
その言葉を聞くと少女は不思議そうに首を傾げながら陰眼天の話を聞いた。
――――――
天界で神殺しが起こり、全ての神が殺された数時間後、五人の天王が地上に降り立っていた。
――――――
森の中にある、月を反射し輝いている池のすぐ側におよそ160cmほどの少年が立っていた。少年は、一見科学者のような白衣を身にまとっているが、腰には薬品や工具が巻かれており、右腕にはゴツゴツとした機械製の義手をつけている。そのため、科学者よりもマッドサイエンティストの方が近い風貌をしている。
少年は、意気揚々と独り言を呟いた。
「これから地上が俺たちのものになるのか。まぁ、まずは手始めに近くの人間を皆殺しにするところからだな!」
喜びとやる気に満ち溢れた、まるで月を照らす太陽の様に明るい声で呟くと同時に、後ろから草をかき分けて歩くときのように、草を踏むガサッとした音が聞こえた。
「誰だ!」
少年は喜びに浸っていた笑顔を奥に引っ込め、焦っているかのような表情を引っ張り出す。今の話を聞かれたのかという焦りと早速人間が現れたのかという少しの期待と楽しみを入り交ぜながら、後ろにいるであろう何者かに力強く問いかける。
少年が強く問いかけた瞬間、大地が揺れ、木に止まっていた鳥が飛び立ち、池のほとりで寝ていた動物たちは一目散に山奥へと駆けて行った。
しかし、いくら待っても返事はない。だが、未だ気配はあり、立ち去る様な足音が聞こえたわけでも無い。
少年は痺れを切らして振り返ると、そこには痩せ細り、毛も泥まみれの猫が弱々しく歩いて来ていた。
焦りと期待と楽しみが消え、少年は安堵するでも、落胆することはなく、なによりも先に猫に駆け寄って優しく呟いた。
「大丈夫か?……ダメだ、かなり痩せてるな。食べるものがないのか?」
辺りを見回すと猫がやってきたすぐそばにずいぶん長く置いてあったのか、今は乾いているが、雨水や風で形がでこぼこでなんとも
「これ、お前のやつか?」
少年は猫に優しく尋ねると猫は体を震わせ、助けを求めるような目で「……ニャァ」と応えた。その声は、とても弱々しく、生気が一切感じられなかった。
「そうか……お前人間に捨てられたんだな。……はぁ………やっぱり人間には碌な奴がいないな。」
少年は震えている猫に白衣をかけ、抱きしめながらそう呟いた。
「よし!餌でも探しにいくか!」
ベスト姿になった少年は猫に元気よく話しながら、人里の方へ走って行った。
――――――
人里から離れた古びた洋館の前には、深い紫色のNOスレンダードレスを着た女が立っていた。女は女神をも超越し、全ての生命を魅了するかのような美貌を持っていた。
「この洋館…ちょうど良さそうね。」
そう言って、洋館の外観をじっくりと眺めながら女は妖艶に微笑んだ。
洋館は、右にも左にも奥にも幅が広がっており、中を見なくとも分かる程に大きく、上を向けば、およそ四階まであると思われるほどに高く、広さも相まって余程の規模の館だということが分かる。
しかし、洋館の壁には苔や
しかし、女はそんな事を気にするそぶりも見せずに先ほどの笑みを浮かべたまま、コツコツとヒールの音を鳴らしながら、ギィ……と古びた洋館の扉を開ける。
洋館の中は予想通りだいぶ広く、シャンデリアの吊るされた大広間から、キッチン、寝室・客室まで数多くの部屋が存在していた。
女は一通り部屋を見て回ると、大広間にあるシャンデリアの下で、くるりと洋館内を見渡し、にんまりと口を綻ばせながら大広間の真ん中で気品を感じるさせるように笑っていた。
「ふふふ、神殺しは完璧に行えたし、地上の支配も案外簡単にできそうね。それに、神殺しよりも前に計画していたあれも………」
女は思い出しながら先程の笑いとは打って変わって怪しく笑った。
「この辺りには妖怪の類は生息していないことは調べ済みだし、上手く行きそうだわ。やっぱり、私の目に狂いは無かったわ。」
女はゆったりと口元に手を添えながら静かな声で囁いく。
「あぁ…でもやっぱり独りだと寂しいわね。とりあえず今から人里にでも行って見ましょうか。」
女は恍惚な笑みを浮かべながらパチンっと指を鳴らす、すると次の瞬間には洋館の中から姿を消していた。
――――――
人里から遠く離れた孤島。建物は全て崩壊し、植物は雑草や苔すらも生えていない荒廃した場所に男が立っていた。男は左の額に角の生え、深蘇芳の色をした着物を着て、金色の首飾りや耳飾りを付けた長身で、裕に180cmを超えているだろう。
「はぁ……どうしてこんな事にぃ…………」
男は雲のせいで薄暗くなった空を見上げて、全てに対する気力を失ったかの様に座り込んだ。
「…………結局神殺しに行くかで二、三時間悩んだし、行ったら行ったで神殺しは終わってて戻されるし…………」
男が曇り空を見上げ死んだ様な顔をしながら悲哀に満ちた声で泣き言を呟き続けた。
男が悲しそうに呟いていると、空にある灰色だった雲がだんだんと黒い雨雲へと変わったいった。そして、シトシトと雨が降り始めるが男はそのまま動くことはなく、数分ほど悲しんだ後ゆっくりと空を見上げていた顔を下げ、荒廃した孤島を見回す。
「……本当に始まるのか。」
少し諦めたような声を出し立ち上がるとゆっくりと荒廃した道を歩いて行く。しばらく歩いて行った先にはギリギリ原型を保っている建物と不自然なくらい低い位置に雲があった。
「はぁ……こんなところに人なんて来る訳ないし、自分で人間を殺しに行くのなんて絶対に無理だし…。とりあえず、ここでサボるか。」
男はそう言うと、雲の近くに座り先程のように空を見上げていた。
――――――
「…………………早く帰りたい。」
奥が真っ暗で何も見えない洞窟の入り口に、口元まで隠れる黒のハイネックパーカーを着て、左右の額に角の生えた少年が立っていた。
パーカーのせいで口元はあまり見えないが、暗い表情をしていることだけは伝わってくる。
洞窟の入り口は明るく光が差し込んでいるが、少年が立っている場所には光が差しておらず、少しだけ暗くなっていた。
「そういえば、そろそろ“あの日“か……あれから何年経ったんだっけ。」
眩い光の差す入口とは逆の真っ暗な暗闇の方を見つめると何かを思い出したようで、小さな声で呟いた。
先ほどよりもさらに暗くなった表情からは、少年の言う“あの日“はよく無い思い出であることが見てとれる。
「これが終わったら、帰らなきゃな。」
そう言って俯くとしばらくそのまま床を見続けていた。
「……神を殺して、人間も殺せばこの世界は俺たちのものになる。か………」
男はそう呟くとゆっくりと腰をあげ、暗闇の方へと足を向けた。
「俺にとっては神も人間も、天界も地上も碌なものじゃない。」
怒気を孕んだ声で暗闇を睨みつけると、少年の周りがより一層暗闇に包まれた。
「………でもまぁ、あいつらといるのはなかなか悪く無いしな。このままことが進んだほうが良いのかもしれない。」
そこからは何も言わずにスタスタと洞窟の奥の暗闇に消えていった。
――――――
崖の下にある草原の一角に不自然に腐敗した土地の中央に背中にデカいカニのハサミのようなものを背負っている少年が立っていた。
「いやぁ、俺が地上に降りる係なんて嬉しいなぁ😁」
フラフラと動き回りながら少年は喜びの声を上げていた。
また、背中に着いているハサミのようなものが、一挙手一投足でゆらされてカチャカチャと音を鳴らす。
少年が動き回ると同時に、草原の腐敗が、少年が歩いた所にだけ広がっていく。
「え〜でも、五人だけとか少なくね?🤔」
少年が疑問を口にしながら立ち止まると背中から鳴る音が止まり、広がり続けた腐敗も少年に追いつくように止まった。
「そういえば……戸石天はここの土地を支配しろとか言ってたけど、移動しちゃダメかな?🤔あ〜でも、怒られるのやだしなぁ。😥」
そしてまたフラフラと動き回り始め、止まっていた腐敗もまた広がり始めた。よく見ると、腐敗した場所はドス黒い沼のような色をしていた。
「えへ〜、これですごい手柄を上げたらめちゃくちゃ褒められるかも〜😁」
先ほどまで悩んでいた顔とは打って変わって、今度は今にも踊り出しそうなほどニコニコと笑っていた。
「それに、もしかしたら人間の友達ができるかもしれないなぁ〜😆」
少年はついに踊り出しながら独り言を呟いていた。
「そうだ!!😏支配するって言っても全員と友達になれば良いんだ!😁俺って天才😆友達になれば俺の言うこと何でも聞いてくれるだろうし!😏」
少年はそう呟くとくるくると回りながらどこかへと歩き始めた。
――――――
五人の天王が地上に降りてから数時間後、もう一人の天王が地上に降り立っていた。
そこはとある山の奥深くで、近くには深く、外からは全く様子の見えない真っ暗な洞窟が鎮座していた。
そして、その洞窟の中からは、ギュルギュルとまるで生物の鳴き声のような、謎の音が鳴っていた。
だからなのか、周りには一切の建物がなく、人が来る気配も全く無かった。
「うーん…………本当にここにいるのかな?」
少女は眉を下げて困り果てた顔をしながら辺りを見渡していた。周りには少女よりも1メートルほど高い、洞窟の入り口と、その周りを囲うようにして沢山の木々と、手入れのされていない草が生えていた。
「うぅ……どうしよう……」
少女は眉毛を下げたまま、目にいっぱいの涙を溜めて、ぐすんと鼻を鳴らした。
そして、もう一度辺りを見渡すが、やはり探している人物が見つからなかったのか、ついに溜めていた涙がポロポロと零れ落ちてしまった。少女はしばらく涙を流し続けたが、ぐすんと鼻を鳴らすと、目元をゴシゴシと拭い少し落ち着いたようで、頬に手を置き深呼吸をして、前を向いた。
「……よしっ!頑張るぞ〜!」
少し赤くなった目を晴らすように、明るく元気な声を出しスタスタと前に進んで行った。
八天王〜宿命の討伐録〜 赤丸 @akamaru_534
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