赤と橙と黒と

青王我

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「僕と――僕とお付き合いしてくれませんか!?」


 公園の噴水を挟んだ向こう側で、跪いた若い男が花束を差し出していた。彼の目の前には同い年くらいの若い女性が立っていて、笑顔でその花束を見つめている。

 花束には赤や橙の色とりどりの花が収められている。肉厚の花弁はピンと角が立っていて、特に赤い花は艷やかで花というより宝石のようだった。

 花束を差し出された女性は受け取る仕草をせず、代わりに一輪の赤い花を摘みとった。そしてそのまま口に入れる。おいしそうにもぐもぐと口を動かした彼女は、呑み下すなり眩しい笑顔を浮かべた。


「嬉しい。私の大好きなヅケマグロね!」


 女性は次いで橙色の花も口にする。それは橙というよりもサーモンピンクで、要するにサーモンの花だった。

 このように、僕の住んでいる街では普通の花束ではなく、相手の望むものを自由に寄せる風習があった。きっと彼女は刺身とか、寿司が好きな人なのだろう。


「お待たせ、待った?」


 さて、僕の待ち人も来たようだ。


「いや今来たところだよ」


 彼女とは何年もの付き合いだが、儀式のように毎年花束の交換をしている。もちろん、僕も花束を持参している。

 彼女の花束は重さがあるのか、抱えるようにして持っている。他の人達は一般的に見れば変な花束だが、僕達はいつもごくごく普通の花束を渡し合っていた。あるいはそのことが、この街では変なのかも知れないけど。


「今年は特別な花束を用意してみたの」

「ああ、僕もだよ。君が喜んでくれると嬉しいな」


 彼女は花束を抱えながらはにかむと、そっと花束を振り払い、その中に隠されていたショットガンを露わにする。


「まさかあなたが敵国のスパイだったなんてね」


 躊躇無く銃口を向けようとする彼女の前で、僕も負けじと花束を払う。僕の手には折りたたみ式の特殊警棒が握られていて、さっと展開すると、先端が鎖鎌の分銅のように伸びて彼女のショットガンに絡みついた。


「違うんだ。これには深い訳が……」


 彼女は僕と綱引きをしながらも、笑顔を崩さない。流石プロフェッショナルだ。


「ええ、ええ、もちろんそうでしょうとも」

「落ち着いて、まずは話し合おうよ」


 普段通りの、ごく普通だった僕達の慣習は、今日を境に刺激的なものになるのだった。

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