第19話現実の存在意義、誰が為の相互理解
母親の腕の中のような安らぎが胸を満たしている。
イレーネは心地よいまどろみの中で思考を漂わせていた。
これはもう決着がついた後なのか…?
遥か遠い昔に置いてきた感情がもたらす気持ちよさがいつものスムーズな状況判断を妨げている。
まるで寝かしつけの後の幼児が眠りにつく寸前の感じ。
人間が抗えない類いの快感がイレーネの意識と思考能力を休眠させようとしていた。
いつか読んだ物語の主人公が陥ったピンチそのもので笑ってしまいそうになる。
お決まりの展開なら信頼関係で結ばれた仲間が助けてくれる流れだが、生憎その手の人間関係を積み上げては来なかったのでそれには期待できない。
しかしここでイケメンの王子様役が颯爽と助け出してくれてもいいよね…
すでに現実と空想の境界が崩れていたイレーネの意識はありえない願望に期待するような状態だ。
そしていつしか幻視していた目の前の「王子様」に手を引かれて舞踏会に誘われていく。
その煌びやかな会場の照明はイレーネの視界を真っ白く塗り潰して、意識そのものをホワイトアウトさせていった。
「…レーネ!イレーネ!しっかりしなさい!」
真っ白な意識の中で聴き慣れた声が響いて、現実の感触が戻ってくる。
「あれ?私の王子様は…?これから舞踏会の後熱烈なアプローチを受けられるはずだったのに。」
その寝ぼけた言葉を聞いた声の主はひとしきり呆れた後に意識確認をしてくる。
「イレーネ、まず私の事はわかる?それすら認知していないならわりと荒っぽいやり方で目覚めさせてあげるけど?」
あからさまに親しげな口調で話かけてくる声の主の顔を改めて認識すべく霞がかった意識の中で情報の擦り合わせをやってみる。
つややかなシルバーブロンドに整った容姿、サファイアのごとく煌めき、人を圧倒する程の意思の強さを秘めた瞳。
そして…異質な印象の義眼に人を飲み込む程の存在感。
「ソフィア…何故貴女がここに?わざわざ極東エリアの中でも一番危険な区域であるこの場所に?」
ソフィアはその言葉を聞いてもう一回大きな溜息をつくとイレーネの頭を小突いて現状説明を始める。
「それはこちらのセリフ。"禁忌の果樹園"の案件のときから無茶が過ぎるとは思っていたけど、斎木の御前にまで接触していたのは驚いたわよ。ついさっきだって「プリンセス•アカシア」の物語の中に取り込まれるところだったのよ?」
ああ、またお小言を小一時間きく必要があるのかとげんなりするイレーネであったが、とりあえず感謝の言葉を伝えておくことにする。
「ありがとうソフィア。腫れもの扱いがデフォルトの私に人間らしい対応をしてくれるのは貴女ぐらいのモノだからいつも感謝してる。それでも貴女は宿命を背負いすぎるから心配なのよね。」
いつもはマウントバトルをする流れなので面食らったソフィアは一瞬驚いて目を丸くしたが、余計な茶々を入れている場合では無いと思い現状把握の擦り合わせを進めることにする。
「一応「プリンセス•アカシア」の異能から逃れる為に持ってきた"封鍵"、「アリアドネの箱庭」の力で今回はなんとかなったけど同じ手が次も通じる保証は無い。これ以上真理統合学会の案件に関わるのは危険過ぎるわ。これ以上単なる正義感でなんとかなる問題じゃない。それは理解しておいて。いい?」
ソフィアの諫言を苦々しい思いで聞いていたイレーネは自分の立ち向かうべき現実を噛み締めてソフィアの瞳を見つめ返す。
その瞳に映った決意と覚悟を見て、ソフィアは自らも現実に向き合うリスクを受け入れることにした。
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