偽空ーニセゾラー
@hijouguchi
第0話 少し先の話
「ぐあっ……!!」
その大きな前足の振りを、まともにくらってしまう。
ーやはり、まだ剣だけでは限界があるか。
...まあ今回は相性が悪い。やはり獣化を使おう。
颯はおもむろに、自分の腕を眺めた。
敵はその隙を見逃さない。
「…使わせるわけないだろッッ」
その巨体は、大きさに見合わない素早さで、振りかぶった。
高く上げた二つの前足は、颯に向かって一直線に振り下げられる。
「まり〜。ごめん脱げないわ。また作って!」
目の前の危機的状況には目もくれず、颯は近くの仲間に話しかける。
「はあぁぁー。だから最初から獣でいけばよかったのに…その服修復するの、マジ疲れるんだけど」
「ごめんて…」
そして、颯はやっと敵の方を向く。
もう敵の前足は眼前。普通の人間ならもう間に合わない
…普通の人間なら。
「……フンッッ!!」
颯は右腕に思い切り力を込める。
ーすると、爆発するかのごとく血管が異常に浮き出るのが服の上からも分かり、つぎに肥大化した。
バリッッッ
服の右腕の部分が破けた。
...そこには、少年の身体とは明らかに不釣り合いの、というか明らかに不自然な、
黒い毛で覆われた、大きな右腕と、灰色に変色し厚さを増した右手、
ーゴリラのような、右腕があった。
その次の刹那、颯はその右腕で、振り下ろされた敵の前足を軽々と振り払う。
振り払われた敵は、一旦距離をとり後ろに飛ぶ。
颯の視界には、敵の全体が映った。
…向かい合う2人のうち、1人は人間の少年でありながらも右腕のそれは、ヒトならざる動物のそれだった。
対するもう一方は…
…見た目は、カバに分類されるだろう。
直立二足歩行で、服を着て、言葉を発する以外で判断するならば。
カバのようなものは、少し苛立った様子で、
「…部分獣化か。それも右腕のみ、かなり精錬され、そしてなめられているな」
…そして、カバは吐き捨てるように、
「しね。」
といい、高く飛び上がり前足に全体重をのせて、颯に飛びかかる。
近くにいる少女は、少年に、
「カバさん、怒っちゃったよ」
「ホントだー、かわいいね〜」
二人は余裕そうに煽りたおす。
颯は、ギリギリまで避ける素振りを見せなかった。
カバは、少年がとうとう死を覚悟したのだと思った。
そして、その渾身の一撃を空中から少年のいる地上に向けて、迷いなく振り下ろす。
⋯ガアァンッッ!!
金属でできているであろう床が大きくへこみ、一瞬のうちに周辺にヒビが広がる。
…しかし、カバが放ったその前足に、少年の血はついていなかった。
それどころか、ほんの数秒前そこにいたずの少年の姿が見当たらない。
「どこに…」
カバは、言い終わる前に少年の位置を把握した。
0•1秒前、カバが少年にまさに一撃を放つ瞬間の場所に、今度は少年がいた。
カバが、少年の信じがたい移動速度を理解する前に
…ゴスッッ!!
颯は、人ならざる右腕で敵の頬に、静かに強撃を放った。
…ドゴォォン!!
その巨体は、一瞬にしてコンクリートの壁にめり込んだ。
少年がカバに放ったその一撃は、軽やかでいて、ずっしり重いものであり、
その威力に対して、静かであった。
一方で、カバが壁にめり込むその音は、少年の一撃の威力を遅れて説明するかのように、大きく鳴り響いた。
少年が右腕を変化させてから、カバが壁にめり込むまで、
ほんの数十秒の出来事であった。
少女は、少し引きつった顔で
「強すぎ」
「ありがと、まあこのくらいやれば、1日は起きないでしょ」
そう言うと、二人はまた、先へ進みだした。
少女は不服そうに、
「あーあ、あんたがイキったせいで、また服の修復させられんのかー」
「だから、ごめんて」
そう言って、少年はまた自分の右腕を眺める。
すると、ゴリラのようなその腕は、めりめりと音を立て、
次第にもとの人間の腕に戻った。
そして、左腕とは違い肩まで肌が露出しているその右腕を、
少年は申し訳なさそうに左手でさりながら、
ズボンに携帯していた、透明で、なかには緑色の液体の入った水筒を取り出し、
一口だけ飲んだ。
ーなぜこのようなことになったのか、
少年は、この人並み外れた能力と非日常の始まりを、記憶の中から探し出す。
…強いていうならあそこだろうか。
いや、そもそも、ワークを忘れたところだろうか。
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