第3話 火星植民計画
かつての天才アインシュタインが言ったとされる予言じみた言葉、「第四次世界大戦はこん棒と石で戦われるでしょう」というそれは、そこまで的外れなものでもなかった。世界を同時に巻き込むような世界大戦こと発生しなかったものの、連鎖的偶発的継続的に多発する戦争において、兵器の類いはどんどんと旧式なそれへと次第に置き換わり、そしてあまりにも先の見えない消耗はいくつかの国家の破綻と社会体制の転換に至った。
継続不能に陥った戦争がその連鎖を終えつつあった世界では、喫緊の問題はそうでなくても比較的リスクもコストも抑えられる埋蔵資源は、世界規模で連鎖し続けた戦争という浪費によって加速度的に失われ、文明を維持し、あるいは荒れた地域を復興するためにも、この問題を解決することはどの国や集団であれ、最優先の共通利害となった。不毛な戦争によって取り返しがつかないまでに資源を食いつぶしてから、初めて世界は共通の問題に真剣に取り組むことになった。
資源、中でも温暖化が進み激変した荒れ狂う気候が農地をすり減らし、組み上げる余地すらなくなりつつあった帯水層を補完する水をどう確保するのかは最重要の問題で、この問題を解決しなければ早晩世界の半分が飢えによってまた資源争奪の戦争に後戻りすることは明瞭な問題として捉えられた。
火星植民計画が持ち上がったのは、このような切羽詰まった理由からだった。
解体された国際連合に代わって結成された地球統合政府は、政府という名に恥じない実態を伴ったもので、多くの問題を抱えながらも火星への植民という大計画だけは、全世界から信認され、各国もそのための技術や要員の派遣には積極的だった。どの国にしろ、自国だけでそれを完遂するほどの余力がない以上、協調する以外の選択肢はすでに失われていたからでもあったが、長い歴史の中でこれほど地球全体が一体感を持って取り組んだ計画は存在しなかった。
火星植民――宇宙開発を古くから推進してきたアメリカやロシアだけでなく、比較的後発の中国やインドなどもこの植民計画についてはその利点を理解し、資源分配比率の決定という困難な利害調整を経て、少しずつ具体化していった。
火星の表層近くに比較的純度の高い水が氷として埋蔵されていることや、基礎資源が豊富に埋蔵されていることは二十一世紀には広く知られていた。一年の周期が地球にかなり近いことも、火星までの植民は片道一年弱の期間で送り込めることも利点だった。
資源採掘自体は人と機材さえ送り込めれば目途が立つ見込みは十分にあった。大きな問題とされたのは二つ。一つは採掘した資源を地球に送り戻すこと。これについては火星にマスドライバーを建設し、地球周回上の特定のポイントに飛ばし、その場所へ打ち出された資源の塊を回収するための巨大な強化カーボンネットを展開してそれを受け止め、そこから地球の公海上に緩やかに自由落下させ、それを回収する仕組みとされた。
火星での採掘資源の問題は、もっぱら設備の問題と、地球側の落着ポイントとされた航海上の警備の問題さえクリアすれば、二十二世紀初頭には既に技術的にさほど難しい問題ではなくなっていた。
それと比べればはるかに深刻な問題は、火星の重力が地球の三分の一程度しかないことだった。重力が三分の一の環境であることは、マスドライバーで資源を打ち出すには有利な点で、より少ないエネルギー効率で重力圏から脱することができることを意味していた。問題なのは、それを掘削し、一連の工程を管理・操作する人間だった。
地球から遠隔で設備をコントロールする仕組みは、電波通信で往復四十分かかる通信速度を考慮すれば論外で、早々に人の手に依存せざるを得ないことは結論を得た。問題はどのような人間を送り込むべきか、だった。
様々な問題を内包しつつ、地球統合政府が火星植民計画の最終段階として植民団の編成を始めた頃、秘密裡にいくつかの重要なことが植民地憲章の目的として決定された。
火星での一日のライフサイクルが事前に決定された。ほぼ地球と同じ一日の時間を三分割し、八時間を資源採掘のための労働に充て、地球に帰還するときに重力差によって問題が生じないよう筋力その他を維持するため、これまた八時間を身体能力の維持に充てること、いわゆる運動義務規定が決定された。
秘密裡の決定した内容は、ライフサイクル規定のみが第一次植民船団の限られたごく一部の船団指導者にのみ伝えられ、それ以外の植民要員はその指導に従うこととされ、植民地憲章それ自体の表現は表向きの体裁を整えて最終的な決定に至った。
二二七七年、万端準備を整えた第一次植民船団は全世界に映像中継され、歓喜の中飛び立っていった。
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