一幻華の王子様と側仕え
ごろんただ
第1話 何故貴方が泣いている。
魔力と魔物が存在する剣と魔法の世界。
その世界に名を轟かすガルド王国、恐らく世界で最も豪奢な城にあり、最も贅を散らした部屋の一つの隅で、子供が泣いてる。
彼は広大な部屋とは不釣り合いな矮躯を更に小さく縮めていた。
まだ6歳にもなっていないだろう。中性的な風貌、柔らかげな金髪、泣いていても天使と呼べる様な、そんな美しい少年だ。
更には、この国で最も尊まれるべき王族の、正妃と王の一粒種であった。
名をディーフリート・フォン・エンベズラーと呼ぶ。
月のでる夜である。
彼は部屋の隅で声を押し殺す様に泣いている。薄暗い室内には誰もいない。王子を心配する様な大人は何処にも居ない。
「母さま、リンダ、なんで、なんで、先生もなんで、急に僕に厳しくするの。」
「僕を、僕を、なんで愛してくれなくなったの、どうして僕を見てくれないの」
啜り泣く様な声は沈黙を保つ部屋に静かに響く。
彼の日常は半年前から激変していた。
半年前まで少しばかり過保護位には優しかった母が急に嫌悪感を抱く様な目で彼を見る様になった。
教育係には少し甘すぎる、そう苦笑いとセットの苦言を呈されるくらいには優しく、愛を際限なく注ぎ込む彼女は紛れもなく“母”であった。
きっかけは側妃の子であるシュタルクを母が見た時だった。その時から彼女は何者かに取り憑かれた様に変貌してしまったのだ。
母は誰も愛さなくなり
ただ現実から逃げ回るかの様なそんな人になってしまったのだ。
紡がれる言葉は全て「原作」「可哀想な公爵令嬢」「女の事を考えないクズ」「傲慢で愚かな子」「王太子にはシュタルクが相応しい」
彼には到底理解出来ない、そんなモノばかりであった。
そして彼女は息子の事を見なくなった。いや息子を通した誰かを睨み、憎み、それが息子と同一であるかの様に、息子を詰り、責め、厳しくし、甚振る事に精を出し、笑う様になった。
彼が側妃の子の麒麟児たる弟に劣る事が分かれば
怠慢を責め、弟ができた事を何故出来ないと詰り、叩く。彼に才能が無いわけではない。むしろ秀才の類であろう。ただ正妃は麒麟児に比べれば遅い成長を彼の怠慢と捉え、そして
「こんな傲慢で怠惰な男に嫁がされる悪役令嬢が可哀想で仕方がない」
と嘆く。
彼は悲しくて仕方がなかった、彼はまだ8歳なのだ。まだまだ親の愛が必要であった筈だ。しかし親の愛は向けられる事はそれ以来なくなったのだ。
そして彼の母が始めたのは弟の家庭教師を無理矢理、彼に押し当てる事だ。
家庭教師達が彼に向ける視線は冷ややかであった。家庭教師達からすれば教え甲斐のある麒麟児から外されたのだ、家庭教師達はその鬱憤を“弟に劣る愚鈍で努力をしない怠惰な兄”に押し付ける事にしたのだ。
「何故、弟が出来た事が出来ないのですか?」
「ディーフリート様は努力が足りません。」
「本当に学ぼうとしているのですか?」
本当に彼の努力が足りないのではない。
むしろ年の頃としては限界まで努力はしているだろう。だが誰もその努力を認めない。
やがて彼の周りからは彼を愛する者はいなくなった。今まで愛してくれた者は急に彼に嫌悪感の混ざった視線を向けるようになり、彼が理解しえない理由で彼を詰る。
彼が泣いても誰も彼を心配しない。
母も弟も皆
「悪役令嬢が可哀想」「次期国王として相応しくない」そう罵るだけ。
父もまた、母から何か言われたのか“期待はずれ”を見る目を向ける様になった。
彼の心は悲鳴をあげていた。
ただ悲鳴を挙げ、軋む心を誰も救わない。
声を掛ける者は誰もいない。
そんな静かな部屋に音が入り込む。
部屋に立ち入ったのは質素かつ上品な執事服に袖を通した少年。年の頃は11程であろうか。これまた美形であり何処か陰鬱で神秘的な雰囲気を纏った少年は、想像と相違ない清らかな声で言葉を紡ぐ。
万華鏡の様な瞳はディーフリートに真っ直ぐに向けられていた。
「今日から、ディーフリート様の側仕えとなります。フィリアード・エーテールと申します。どうぞフィルとお呼びください。不手際な所もありますが宜しくお願いいたします。」
そして彼、フィリアードは同情する様な、憐れむ様な、懐かしむ様な、そして何処か怒っている様な色をないまぜにした瞳を彼に向ける。
ディーフリートはフィリアードに敵意の様なものが籠もった目を向ける。
当たり前だ。今のディーフリートの周りには敵しかいない。彼も、フィリアードも敵ではないかと視線を巡らす。
そんなディーフリートを他所にフィリアードは歩み寄る。悲しげな、無垢な彼を想って。
その歩み寄りに気がついたディーフリートは焦ったかのように叫ぶ。
「近付くな。僕は王子だぞ、来るな」
彼の叫びは聞き入られず、フィルは歩み寄る。慈愛の籠もった視線がディーフリートを怯えさせる。
ディーフリートはフィリアードが嫌いなのではない裏切られるのが怖いのだ。確かに目の前のフィリアードは確かに良き理解者としてディーフリートに親愛を注いでくれるだろう。
それは幼い彼にも分かる。
だが、だが、ディーフリートはまた裏切られる事が怖いのだ。彼にフィリアードの様な瞳を向けた人は全て彼を裏切った。
愛されていた筈なのに全てを失う恐怖。それがフィルを拒もうとしていた。
ディーフリートは頭を抱え縮こまる。涙が止まらない。もう、裏切られたくない。そんな想いばかりが溢れ出す。
ふわり、と毛布が被せられる。
顔を上げると万華鏡の様に豪奢な瞳が彼を覗き込んでおり、フィリアードが彼を抱きすくめていた。
フィリアードは言葉を紡ぐ、一つ一つ自身の感情を噛み締めるように。
「何故、貴方が泣いている…何故誰も彼を助けないッ…まだ子供なんだぞ…」
ポトリ…と落ちるはフィリアードの涙。
その滴は彼が覗き込むディーフリートの頬に落ちていく。
ディーフリートは困惑と安心が入り混じった目でフィリアードを見つめる。
フィリアードは腕の中の可哀想な王子に誓い謳う。
「世界を、全てを敵に回そうと、私だけは貴方の味方です。貴方が望むのであれば世界の方を変えて見せましょう。」
「ですから、人を諦めないで下さい。」
互いの瞳に涙が滴る。
腕の中のディーフリートがフィリアードを抱きしめ返す。
ディーフリートが叫ぶ
「誰も、誰も愛してくれなくなっちゃったんだ。僕の事皆嫌いになっちゃったんだぁ。」
初対面の彼を信頼せざるを得ない程、ディーフリートの心は疲弊していた。
フィリアードが返す
「さぞ辛かったでしょう。さぞ悲しかったでしょう。泣いていいんです!!」
満月の夜、月明かり差し込む部屋で2人の少年が寄り添い合い涙を流していた。
一幻華の王子様と側仕え ごろんただ @12244221
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