伯爵令嬢ですが、跡継ぎクビになったので母の形見で成り上がります!
おてんば松尾
第1話
父は母を誰よりも愛し、彼女だけを生涯想い続けると誓った。
その言葉は、幼い私にとって揺るぎない真実であり、世界の安定を意味していた。
けれど、ある日、その誓いはあっけなく破られる。
父は新たな女性と誓いを交わしたのだ。
その時、私の世界は音を立てて崩れ去った。
この世に永遠の愛など存在しないのだと知った瞬間だった。
母のカタリナが不幸な事故で亡くなったのは、私が5歳の頃だった。母だけを愛してきたストバイン伯爵家当主の父は現実が受け入れられなかったのか、我が子である私を忘れてしまった。
父は王都の屋敷に私一人を置いて、自分は領地へ帰った。取り残された私は数名の使用人と乳母に育てられた。
誕生日もクリスマスも一人で過ごした。父からプレゼントや手紙さえもらったことはなかった。
「旦那様は奥様を思い出してしまうので、お嬢様から旦那様に宛てた手紙などは書かないようにと仰せです」
「お父様とお会いできないの?」
「伯爵家の跡取りはパトリシア様だけですので、しっかり勉強をするようにとのことです」
「お勉強を頑張ればお父様は喜んでくださるのね」
「はい。お嬢様はしっかり学び、どこへ出ても恥ずかしくない立派な跡継ぎになって下さい」
父は王都の屋敷に、年に数回は帰って来ているはずなのに私は会わせてもらえなかった。
屋敷では私の姿は自分の前に見せるなと父親が執事に命じていたからだった。
美しかったお母様にどんどん似てくる私を、見るのが辛いからだとメイドに説明された。
私は寂しい気持ちを表に出さないよう我慢して、まだ子供で親の愛が必要だった時代を一人で過ごした。
それから10年、父の望み通りの跡継ぎになれるように、ただひたすら死に物狂いで勉強した。
15歳になり、成績優秀者に選ばれ王立学園への入学が決まった日、初めて父が暮らしている領地に会いに行くことになった。
これで自分の存在を認めてもらえるのではないかと、期待で胸が膨らんだ。
派手ではない品の良いドレスに身を包み、美しく見えるようにと化粧もして父親のいる領地へ向かった。
私は父のために選んだカフスボタンのプレゼントと刺繍をしたハンカチを綺麗に包み、合格通知書をもって馬車に乗り込んだ。領地で会ったら最初になんと言おうか考えた。
最近、見た目が母にそっくりになったと言われるので、父は驚くだろうか。もう10年も顔を見ていない私をしっかりと抱きしめてくれるだろうか。緊張して手に汗が滲んだ。
初めて見る領地の屋敷は、管理も行き届いていてとても美しく立派な建物だった。王都の屋敷に比べると何倍も大きかった。
けれど、そこで待っていたのは、初めて会う継母と2歳になる男の子だった。仲睦まじく家族として父と領地で暮らしているようだった。
私の知らない間に、父は再婚していたのだ。
父は私に彼女たちを改めて紹介する。
「妻のナタリーと息子のフレディーだ。やっと跡継ぎの男子が産まれた。これから伯爵家は安泰だ」
「……跡継ぎ……」
あまりのショックで頭の中が真っ白になる。
けれど、必死に感情を隠した。できる限り背筋を伸ばし、顔を上げて父をまっすぐ見つめた。
貴族令嬢として厳しく躾けられた表情に出さないという教育が初めて役に立ったと感じた。
***
私は王都の屋敷へ戻って執事のセバスチャンを責めた。
「父が再婚していたことを知っていたんでしょう?」
「はい」
「なぜ教えてくれなかったの!男の子も産まれていて、跡継ぎだって紹介されたのよ。私がどれだけショックだったか分かる?酷い……知っていたら……」
「知っていたら。知っていたら、どうされましたか?勉強をやめましたか?家出でもしましたか?泣きわめいて旦那様に恨みの手紙でも書きますか?」
知っていたら……
「お嬢様は何不自由ない暮らしをここでしていらっしゃいました。飢えることもなく寝る場所もちゃんとありました。家庭教師もいましたよね」
「お友達とお茶会を開いたり、ショッピングへ連れて行ってもらったり、観劇や旅行にだって行きたかった。そんな事一度もしてない。私がしていたのは勉強だけよ」
「勉強ができるのは贅沢なことでしょう。新しい母親や弟ができたことを知ったとしても、寂しいだけで旦那様に対しての恨みや妬みの感情がわくだけです。知らない方が幸せなことだってあります」
「私はお父様に褒められるためだけに10年頑張った。高位貴族の令息や王家の王子たちも通う王立学園にトップで合格したのよ、どれだけ勉強したのか、どれだけ努力したのか、あなたが一番分かっているじゃない」
「結果を出されたことは素晴らしいと思います。きっと、今後お嬢様の将来に役立つことでしょう」
「私は領主になる為に勉強したの、跡を継ぐ為に学んだの、それが目標だったの!」
私は涙をこらえきれず、セバスチャンの前で泣き崩れた。
他の使用人は可哀そうな子供を見るかのように私を黙って見つめていた。
セバスチャンは静かに再び口を開いた。
「私たちが雇われているのはお嬢様ではなく旦那様にです。給料を支払っているのは伯爵様です」
何も言い返せなかった。
彼らは雇われた使用人に過ぎない。
小さなころから一緒に暮らしてきたけれど、どこか一線を引かれているような疎外感があったのは確かだ。虐げられていたわけではない、ただ仕事として私を育てていただけだ。伯爵家の子どもというだけの私に、愛情までかける必要はなかったのだろう。
父から私を甘やかさず、厳しく育てるように言われていた従僕だ。
父は死んでしまった妻を愛していたのであって娘を愛していたわけではなかったから、彼らに愛情をかけろとまで言わなかっただろう。
「強くなって下さい。もう、15歳です。平民ならば皆働いている年齢です。お嬢様は恵まれた環境に生まれたことに感謝して下さい」
セバスチャンの冷たく突き刺さるような言葉は、何の慰めにもならなかった。
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