【短編】一つの終焉と二つの創世――ある錬金術師の記憶より

花舎ぴぴ

終焉と創世

はるか昔――宇宙は静かに死にかけていた。

無限に見えた星々の輝きは、一つまた一つと光を失っていく。

エネルギーの枯渇。それは、文明に終焉を告げる、確かな兆しだった。


エネルギー資源を巡り、星々の間で戦争が勃発。宇宙中の科学者たちは、新たなエネルギーを求めて奔走していた。そんな中、一人の錬金術師が、小惑星の価値のない鉱石を分子レベルで分解し、エネルギーとして再構築する技術を開発した。


この発明は、宇宙全体にとって希望の光だった。最初は、宇宙空間を漂う小さな岩石を変換する技術として発表され、瞬く間に普及。それによって長年続いた戦争は終結し、宇宙には平和が訪れた。


エネルギー供給の鍵となるのは「結晶体」だった。直径1メートルの岩石から生み出される拳大の結晶体は、それ一つで人口1000万人都市の一年分のエネルギーをまかなえる。この技術により宇宙はエネルギー問題を克服し、新たな大航海時代へと突入した。


しかし、この技術は平和だけを生み出すものではなかった。一部の者たちはその技術を悪用し、生命が存在する星を丸ごとエネルギー資源に変換し始めた。皮肉にも、生命が生存可能な環境を持つ星ほど、変換されるエネルギーは膨大だった。錬金術師はこの危険性を予見し、技術の全容を公表しなかったが、強欲な者たちによって秘密は暴かれてしまった。


さらに、この技術には隠された特性があった。変換対象によって結晶体には異なる性質が現れるのだ。たとえば、マグマを変換すると赤い結晶体が生じ、それを叩いたり割ったりすると炎を噴き出す現象が確認された。また、水を変換すれば水を生成し、電気を変換すれば電力を生む。しかし、単なる岩石や星全体を変換した場合は要素が混ざり合い、目立った特性が見られなかったため重要視されていなかった。


だが、この「特性」が、やがて宇宙を滅ぼすきっかけとなる。


強欲な者たちは、その奇跡の技術を富と権力の道具に変えた。

星々を変換し、命ある惑星さえも資源として搾取する。

生命の価値より、エネルギー効率を優先する彼らの行為は、宇宙そのものを蝕みはじめた。


そんな中、エネルギー変換技術に対する防御策が進められ、ついに変換行為を阻害するバリアが開発された。このバリアは、宇宙空間に設置された変換装置から発生する重力波を遮断するものだった。バリアの導入により、変換行為は一時的に抑制されたかに見えた。


しかし、ならず者たちはさらなる策を講じた。宇宙空間に装置を設置するのではなく、惑星の地表に直接装置を設置するという単純な手段に切り替えたのだ。この手法はバリアの影響を受けず、多くの惑星に被害をもたらした。これに対し、各惑星の政府は不法侵入者の取り締まりを強化し、装置を発見する技術を開発した。その技術は急速に進化し、摘発の頻度は次第に増加していった。


同時に、エネルギー変換装置に必要な特殊な鉱石の産出地には厳しい規制が設けられた。これにより鉱石の入手と装置の製造が困難になり、被害は徐々に減少していった。しかし、ならず者たちはここで止まらなかった。


ついに、彼らは太陽やブラックホールを変換の対象にし始めたのだ。


太陽やブラックホールの変換は、計画的に示し合わせたわけではなかったが、各地で同時多発的に試みられた。太陽の変換は、設置された防御バリアによって阻止され、ブラックホールの変換は初期段階では重力の強大さに阻まれ失敗に終わった。しかし、失敗の過程で甚大な被害が発生しながらも、技術は改良を重ねられ、ついには成功を収めるようになった。この成功が、新たな悲劇の幕開けとなる。


ブラックホール単一の結晶体は、その特性を制御しきれなかった。外部からの衝撃やエネルギー変換中の不安定な条件下で、結晶体は周囲の物質を吸い込み始め、暴走を引き起こした。


その力は圧倒的だった。濃縮された重力エネルギーは星々を瞬く間に飲み込み、被害は宇宙全域に広がっていった。それでも強欲なならず者たちは止まらず、ついには宇宙5大ブラックホールに手を出した。


「ケイオス」「タルタロス」「サンゲウム」「シンギュラ」「ヴォイドラス」。結晶化された5つのブラックホールは、宇宙一の大富豪の邸宅に厳重に運び込まれ、観賞用の美術品として展示される予定であった。しかし、それらの結晶体は内部に秘めたエネルギーの膨大さに耐えられず、自壊を始める。結果として、濃縮された5つの重力エネルギーが暴走し、連鎖的な崩壊が引き起こされた。


暴走したエネルギーによって、邸宅はおろか、星、太陽系、太陽系を含む星団、銀河、銀河群、そして宇宙全体が急速に収縮を始め、すべての物質とエネルギーが一点に集約された。こうして、宇宙は終焉を迎えたのだ。


だが、終わりはまた新たな始まりでもある。すべてが消滅したその一点から、新しい宇宙が誕生しようとしていた。


宇宙のすべての物質が重力によって押し潰された結果、ビッグバンが発生した。


その瞬間、何の因果か、宇宙は二つの異なる世界に分岐した。


一つは、エネルギー結晶の性質が宇宙全体に溶け込んだ世界。もう一つは、それが溶け込むことのなかった世界。


まるで時間のパラドックスのように、この分岐は可能性の拡張によって引き起こされた。しかし、宇宙の始まりそのものに生じた分岐だったため、二つの世界は完全に独立した存在となり、交わることのない並行した時間軸を持つ「螺旋状の世界」としてそれぞれの道を歩むことになった。


やがて時が流れ、二つの世界に生命が誕生し、文明が築かれた。一つの世界では、イメージが現実の力に変わる「魔法」の法則が支配し、もう一方では、イメージを知恵で具現化する「科学」の法則が支配する世界が形成された。


この二つの世界は、数千億年もの間、ほぼ完全に独立したまま干渉することなく、それぞれの時間軸を螺旋状に進み続けている。


ただ一つの「連結点」を除いては。




その連結点は、二つの世界が生まれた直後、宇宙の始まりとともに偶発的に誕生した特異な空間だった。そこでは二つの世界の法則、「魔法」と「科学」が奇妙に融合し、どちらの理論でも説明できない領域を形成していた。


連結点は、時間も空間も歪められた「境界の星」と呼ばれる小さな惑星に存在した。その惑星の地表には、結晶化したブラックホールの欠片が無数に散乱しており、結晶体は互いに共鳴し、微弱なエネルギーを放ち続けていた。


最初の数十億年、その星には何も存在せず、ただ静かな共鳴音が響くだけだった。だが、やがて二つの世界の生命が宇宙進出を始めたとき、この星に偶然辿り着いた者たちが現れた。


一方の世界からは「科学」を究めた探検家が、もう一方の世界からは「魔法」を操る錬金術師が、その星に降り立った。二人は互いの存在に驚愕したが、すぐにその星が二つの世界の接点であることを理解した。


錬金術師は結晶体のエネルギーを魔法的に解釈し、探検家は科学的に分析した。すると、両者がもたらした異なる干渉が結晶体のエネルギーに影響を与え、二つの世界を繋ぐ門が出現した。この門を通じて、二つの世界は再び繋がる可能性を得たのだ。


だが、この再接続には大きな危険が伴った。異なる法則がぶつかり合うことで、再び宇宙が収縮し崩壊する可能性があった。二人は再び世界が滅びることを避けるため、その惑星を封印し、連結点の存在を隠した。


数千億年が過ぎた現在、二つの世界はそれぞれの発展を遂げた。しかし、隠された「境界の星」の封印は徐々に弱まりつつあり、再び両世界の接触が起きる兆候が現れていた。


そして今、その星に一人の少女が降り立った。彼女は二つの世界の血を引く「境界の子」と呼ばれる存在で、無意識のうちに魔法と科学を共鳴させる力を秘めていた。


少女が結晶体に触れたその瞬間、長きに渡って隔てられていた二つの世界は、再び交錯の時を迎える――。




「境界の子」は、二つの世界が完全に隔てられた後も、密かに存在した『微細な揺らぎ』によってもたらされた。


数千億年前、境界の星が封印された直後、錬金術師と科学者は、互いの存在を忘れられず、星を離れた後も密かに交流を続けていた。彼らは互いの世界に干渉せず、直接会うことも叶わなかったが、「境界の星」に残った結晶体の共鳴現象を使い、次元を超えて交流を図ったのだ。


ある日、結晶体を通じて交わされた強い感情の共鳴によって、微小な時空の歪みが生じた。この歪みによって「科学世界」に存在する科学者の『遺伝情報』と「魔法世界」に存在する錬金術師の『魔力因子』が極めて稀な偶発的事象によって融合してしまったのだ。


その歪みは瞬間的なものであったが、科学世界にいた科学者の子孫であるある女性の体内に宿っていた胎児に、魔法世界の錬金術師の子孫が放った魔法の波動が偶然にも干渉した。この奇跡的な接触により胎児の遺伝子が書き換えられ、「魔法」と「科学」二つの要素を宿す新たな生命、「境界の子」が誕生したのである。


その誕生は偶然に見えた。だが、それは遥か未来、誰かの中に眠るはずの可能性へとつながっていた。

魔法と科学――二つの力を内包する存在が、いつか世界の境界を超える時。

その時、忘れられていた記憶が、静かに目を覚ますことになるだろう。

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