第17話 逆転を狙う王太子 vs. 公爵家の防衛戦③
夜も更け、私は屋敷の正面玄関からこっそり戻った。もちろん門兵には顔を覚えられているから、あからさまに隠しようもないけれど、とにかく大騒ぎにならないよう足音を忍ばせたつもりだ。ところが、ホールに足を踏み入れた瞬間、廊下の暗がりからギラリと光る二つの視線に気づいてしまう。
「――リリエッタ、おまえ、どこに行ってた?」
「……げ、兄さま、父さままで……」
思わず小声が漏れた。そこにはレオンハルト兄さまと父ヴォルフガングが仁王立ちしていて、まるで私が帰ってくるのを待ち構えていたかのように鋭い眼光を放っている。
私は背筋に冷たいものが走り、息を飲んで立ち止まる。ノエルがいればまだ言い訳もスムーズにできただろうけれど、彼女は入口とは別の経路で屋敷に戻っているから、今はいない。なんという不運だろう。
「まさかとは思うが、あの第二王子と会ってたんじゃあるまいな? ……いや、まさかそんなことはな……?」
「兄さま、それは……いや、ちょっとお庭を散歩してただけなのよ!」
私が取り繕うと、レオンハルトは容赦なく詰め寄ってくる。横で父が腕を組みながら凄味を出しており、殺気さえ感じるほどだ。
「庭を散歩したからって、こんな夜更けまでかかるか? おまえが夜に出かけるなんて珍しい。……正直に言え、何を企んでる?」
「別に企んでるわけじゃないわよ。そもそも、私だって公爵家の一員なんだから、勝手に危ないことをするわけないでしょ?」
必死に弁明しようとする私の前で、父ヴォルフガングがぐっと身を乗り出してくる。いつものように厳つい体格で威圧感を醸し出し、「娘に変な気を起こす輩は即刻殴り飛ばす」という気概が全身からにじみ出ているようだ。
「おまえが夜に出歩くなんて、どう考えても不自然じゃないか。まさか男に会っていたんじゃないだろうな? まさかとは思うが……手出しされてないだろうな?」
「ちょ、父さま、そんなことあるわけないじゃない! 一体どこまで物騒な想像をしてるのよ!」
私は羞恥と困惑で顔が熱くなる。とにかくセバスティアンと会っていたなんて知られたら、兄さまや父さまが激怒して、火に油を注ぐことになるのは確実だ。会った理由はコーデリアたちの動きに対抗するためというのも、説明しづらい。
父が私の腕を軽く掴み、目を細めてくる。
「本当に何もないのか? やけに頬が赤いように見えるが……ああ? おまえ……」
「えっ、これ違うの! 歩きすぎてちょっと暑いだけ! もう疑うのやめてよ!」
どっと汗が出てきた。兄が「顔が赤い?」と胡乱な目を向け、さらに疑惑を深めている気がする。これ以上は弁解すればするほど逆効果かもしれない。どうにか話題をそらすしか……。
「そうだ、実はコーデリアと王太子がまた妙な動きをしてるって噂を聞いてて、それでちょっと庭の外まで情報を……ええと……」
「情報? ノエルがいれば十分だろう。おまえ自ら夜に出かける必要なんてないはずだ。ますます怪しいじゃないか」
「兄さま、言いがかりもほどほどにして! 私だって公爵令嬢なんだから、自分の足で外の様子を確かめることだってあるわよ!」
語気を強めて主張したものの、父と兄はまったく納得していない風だ。ああ、やっぱりダメか。バレる前に話を終わらせないと……と焦っていると、案の定、レオンハルトが「第二王子の匂いがする」とか不吉なことを言い始める。
「……なんだか第二王子が関わってる気がしてならない。あいつ、妹を利用しようとしてるからな。おまえだって、あいつを警戒してたじゃないか」
「警戒してるわよ、もちろん。でも、だからといって夜に会いに行ったなんてするわけないでしょ! 兄さまも父さまも、私はそんな軽率な娘じゃないわよ!」
私が食ってかかると、父ヴォルフガングがじろりと睨んで眉をひそめた。まるで「まだ信じない」という表情だ。
「おまえが“軽率”じゃなくても、あの第二王子が狡猾に誘惑することもあるだろう。そこに男と女の関係が芽生えるかもしれんし……娘を守るのが父の務めだ!」
「もうっ、父さま、どこまで物騒なのよ! 別に私は誰にも誘惑されてないし、そんな気配これっぽっちもないわ!」
私が必死に否定すると、二人は視線を交わして「どうにも怪しい……」とダメ押しのような空気を作りだしている。ひたすら面倒だ。でも、ここは絶対譲れない。下手をしたら、セバスティアンと会っていたとバレれば、暴力沙汰に直行しかねないからだ。
「はあ……もういいわ。信じてもらえないなら仕方ないけど、私本当に何もやましいことはしてないの。コーデリアや王太子が動いてるって噂を確認してきたのよ、これで納得して。はい、終わり終わり!」
やけくそ気味に言い捨て、私は軽く振り返ってホールを出ようとする。兄が「おい!」と引き止めかけるが、ここで立ち止まればますます疑われる。無理やり腕を振りほどき、足早に廊下を進む。
背後で父の「男に変な気を起こされたらすぐ言えよ!」という叫びが聞こえてきて、私は思わず苦笑がこぼれた。――うちは完全に味方のはずなのに、どうしてこんなにも敵より厄介に感じるのか。
「もう……私の復讐なのに、家族に阻まれるほうがストレス大きいんですけど……」
小声で愚痴を零しながら、私は階段を駆け上がる。あまりにもゴタゴタ続きで頭が煮えそうだが、これも私の運命だと思うしかない。セバスティアンとの密会は秘密裏に済んだし、とにかくあれ以上家族を暴走させずに済んだのは幸いかもしれない。
部屋へ戻る途中、ノエルの姿を見つけたので駆け寄ると、彼女は「大丈夫でしたか?」と瞳を輝かせてきた。
「もう、全然大丈夫じゃないわよ。父さまと兄さまに疑われて大変だったわ」
「やっぱり危なかったんですね……でも、お嬢様のご無事が何よりです!」
とりあえず無事に切り抜けたのは確かだけれど、今後コーデリアと王太子がどんな攻撃を仕掛けてくるのか分からないし、セバスティアンのサポートを受けるとなると家族への説得も問題になる。ふう、振り回される未来がまたしても頭を痛める。
「……ほんと、敵よりうちの家族のほうがタチ悪いんじゃないかって気がしてきたわ。もう少し私を信じてほしいんだけど……ま、これがうちの常態かしらね」
ノエルと顔を見合わせて苦笑いしつつ、私は部屋へと戻る。鍵を閉めて着替えを始める中、廊下ではまだ父や兄が「もっとしっかり見張らないと」と言い合っている声がかすかに聞こえる。聞こえないふりを決め込みながらも、頭の中には「明日からどう動くべきか」という不安と覚悟が渦巻く。
「……結局、私っていろんな人に守られたり疑われたり、どっちなのよ。まあいいわ、こんな家族でもなんとかやっていくしかないわね」
窓の外を見ると、夜空に小さく星が瞬いている。セバスティアンとの密会は無事終わったが、内容は「あの二人がでっち上げを計画中」という警告。家族には秘密で対応を進めることになるが、どんな反撃を用意すればいいのか――時間はそんなに残されていない。
それでも私には頼れる仲間(?)と暴走気味の家族がいる。敵より味方が厄介という事実には苦笑するしかないけれど、この環境で勝ち続けるしかないのだ。私はドレスを脱ぎながら、明かりを落とした部屋の中で小さく拳を握りしめ、次なる戦いへの決意を新たにするのだった。
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