死亡時刻(作:三田村 宙)

一ノ瀬「さて、私の詩には、皆からそれぞれ実に興味深い解釈をもらったわ。では、次は三田村さん、お願いできるかしら」


三田村「……はい」


(三田村は静かに頷くと、タブレット端末に視線を落とした。先ほどまでの、他の詩を評していた時と何も変わらない、平坦で感情の読めない声で、彼女はテキストを読み上げ始めた)


***


死亡時刻

作:三田村 宙


ろうそくの火を そっと吹き消す

あたりは急に 闇に包まれる

ろうそく自体も やがて消え去り

残るはただの 真っ暗な闇


***


(三田村が読み終えると、部室には先ほどまでとは質の違う、冷ややかな静寂が訪れた。その詩が持つ、一切の救いを排したような響きに、誰もが言葉を失っているようだった)


四方田「…………ひっ。……な、なんか、怖い詩ですね……。タイトルも、『死亡時刻』って……。一行目の『そっと吹き消す』っていうのが、誰かの手で、意図的に命の火が消されたってことですよね? だとしたら、あまりにも悲しすぎます……。それに、最後の一行……。火が消えるだけじゃなくて、ろうそくそのものまで消えちゃうなんて。希望も、思い出も、何もかもが全部なくなっちゃうみたいで……。読んでて、心が寒くなりました……」


二階堂「……確かに、不気味なほどの虚無感を感じる詩ね。でも、私はこれを、感傷的な物語としてではなく、一つの現象が不可逆的に、そして段階的に『無』へと収束していくプロセスを描いた、冷徹な観察記録として読んだわ」


一ノ瀬「観察記録、ですって?」


二階堂「ええ。まず、第一段階として、ろうそくの『機能』である火が消える。それによって、『光』という状態が失われ、『闇』という状態に遷移する。これが第二段階。そして、第三段階では、火を灯していた『母体』であるろうそくそのものまでが消え去ってしまう。機能、状態、そして存在そのもの。その全てが、順番に、そして確実になくなっていく。その、どうしようもない秩序と、絶対的な結末。この詩には、人間の感情が入り込む隙間が一切ない。ただ、そこにある絶対的な『終わり』の法則を、ありのままに記述している。その潔さに、一種の恐ろしいほどの美しさを感じたわ」


一ノ瀬「なるほど……。現象としての、絶対的な『終わり』……。確かに、そう読むと、この詩の持つ冷たさの本質が見えてくるようだわ。希望も、絶望も、全てを呑み込んで、ただ無に帰していく。日本の『無常観』にも通じる、壮大なテーマね。素晴らしいわ、三田村さん」


(一ノ瀬が感心したように頷くと、三田村は、静かに顔を上げて、三人の顔を順番に見渡した)


三田村「……皆さんの解釈、観測しました。ですが、この詩は個人の死や、概念的な『終わり』を描いたものではありません」


四方田「えっ!? じゃあ、一体、何なんですか?」


三田村「これは、宇宙の終わりを描いた詩です」


一ノ瀬「……宇宙の、終わり?」


三田村「はい。『ろうそくの火』とは、知的生命体の『意識』、あるいは『文明の光』のメタファーです。何らかの理由で、その火が消える。それが、一行目。その結果、世界は、ただの物質だけの、意味のない『闇』に包まれる。それが、二行目です」


二階堂「……では、三行目の『ろうそく自体も やがて消え去り』というのは?」


三田村「それこそが、この詩の、本当のテーマです。知的生命体がいなくなった後も、星や銀河は、しばらくの間、存在し続けるでしょう。ですが、それも永遠ではない。宇宙はやがて、全ての恒星が燃え尽き、ブラックホールさえもが蒸発する、完全な熱的死を迎える。意識も、物質も、それを観測する者も、全てが完全に消え失せるのです。そして、最後に残されるのは……」


(三田村は、そこで一度、言葉を切った。そして、絶対零度の声で、最後の一行を、もう一度、静かに告げた)


三田村「……『残るはただの 真っ暗な闇』。これは、誰にも観測されることのない、意味も、存在も、完全に消え失せた、宇宙の本当の『死』の瞬間の記録です」

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