第7話 生かされて
晶の体は病院の霊安室に運ばれた。
検死官により晶は死亡が確定していた。だから霊安室にいたのだ。これから詳細な死因確定のために解剖するために別室へと運ばれようとしていたのだ。
霊安室に悲鳴が響き渡った。
何故なら、死んでいるはずの人間が再び息を吹き返したからだ。晶が起き上がるとその場にいた者たち全員が腰を抜かした。
晶は仮死状態であった。ということで、数日検査入院をすることになった。病室にはジェイクと凛太郎をはじめ、たくさんの人がお見舞いに来てくれた。事務所の社長も、しばらくは療養するようにと傷病手当も休暇もたくさんくれた。担当していた案件はジェイクや仲間たちが引き受けてくれると。
晶は申し訳ない気持ちになった。生きていたことには感謝をするが、自分が倒れたせいで他の人への皺寄せが大きくなってしまった。寝るに寝られず、消灯時間は過ぎたが、ソワソワしてしまう。今からでも事務所に戻って仕事を片付けようか。
そう持ってベッドから降りようとした時、個室なのに誰かの気配を感じた。
「事件現場に戻るの?死に場所を彷徨う地縛霊にでもなるつもり?」
「…来てくれないのかと思った」
病室のソファで肩肘をついて横になり、笑顔で晶を見つめるルナがいた。彼は立ち上がり晶の方へと向かってくる。
「来るか迷ったよ。僕の忠告を無視して死にに行くんだから」
貼り付けたような笑みのルナ。晶は身動きが取れなかった。金縛にでもあったかのように。ただベッドの端に腰掛けていた。恐怖は無いが体が動かない。口だけようやく動かしてみる。
「…そうね、あなたの言うことを聞いておけばよかった」
「なのにまた、会社に行こうとしてるの?」
「どうしたらいいか分からないの」
「なんで?君は傷病手当も休暇もたんまりもらったじゃない。しばらく南の島でのんびりしたら?」
「せめて、私が受け持っていた事件だけは片付けたいの。みんなも大変なのに、私の分まで仕事しなきゃいけなくなってる」
ルナは盛大にため息をついた。それと同時に晶の体が弛緩する。そのまま床へと視線を落とすとルナの靴が視界に入った。ゆっくり顔を上げてルナの顔を見ると、先程と変わらない笑を貼り付けたルナに恐怖を感じた。死んだ日、恐怖を感じて逃げるように職場へと戻ったあの時のように。
後ずさる晶。立ちあがろうとベッドに腰掛けていたが戻るしかない。ルナはそのまま晶に近づく。顔が近くて仰け反る晶。
「また死にたいの?せっかく僕が生き返らせてあげたのに」
「生き返らせた…?」
「そうだよ。君は一度死んだ。なのに、命を粗末にするの?」
晶は目の前の男が何を言っているのか分からない。
「せ、先生たちが、仮死状態だったって…」
「それは医師が後でとってつけた言い訳。君はちゃんと死んで、僕が生き返らせた」
「…何、それ……ありえない」
「せっかく助けてあげたのに。そんなに死にたかったの?なら、僕が殺してあげようか?」
出会った時と変わらない笑顔で微笑みながら“殺す“というルナ。ルナの穏やかな微笑みが一層、この世のものではないかのような畏怖を晶に感じさせた。
「君は死にたいの?生きたいの?」
「……」
何がなんだから分からずに固まるしかできない晶に詰め寄るルナは、二択を迫る。
「ねえ、どっち?君の願いなら、なんでも叶えてあげるよ?」
自分は一度死んだから、幻覚が見えているのだろうかと思った。幻覚ならばまともに取り合う必要はない。晶は投げやりになってルナの問いに答える。
「…たい。生きたいに決まってるじゃん」
「なら、自分の命を無駄にするようなことはしないでね」
ルナは晶の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、晶の横に腰かけた。ベッドはギシっと音を立てて沈む。そのまま、ルナの顔が晶に近付いてきて唇が重なった。深く深く口づけてやがて、舌が絡まり口内から漏れた唾液が頬を伝った。
病院のベッドなのに。晶がそんなことを考えていたのは最初の数秒だけだった。病院着は簡単に脱がされて、カーテンに映し出される二つの影は交わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます