『神速の剣 ― ファステール戦記 ―』

麒麟倶楽部

序章 神速の剣、学舎へ

 風が鳴いていた。剣の軌道を裂くように、冷たく澄んだ山間の空気を切り裂いていく。

 険しい山の斜面に設けられた修練場。白い息を吐きながら、一人の少年が木製の杭に向かって剣を振っていた。


 彼の名は――ハロルド・レッドバロン。

 栗色の髪を後ろでひとつに束ね、切れ長の目を持つ端正な顔立ち。年齢は十七。身体には余計な贅肉は一切なく、鍛え上げられた剣士としての均整が取れている。


「……止まるな、剣は流れだ」


 背後から、重みのある声が響いた。

 立っていたのは、白髪混じりの長髪を後ろで束ねた壮年の男。鋭い眼光をたたえたその人物――グラム・レッドバロンは、かつて王国近衛騎士団長として名を馳せた伝説の剣士であり、ハロルドの祖父であった。


「はい、祖父上」


 ハロルドは一礼すると、再び剣を構えた。

 全てはこの一太刀に集約されるかのように、無駄のない動作。踏み込み。空を斬る音が一瞬遅れて届く。


「……ふむ。もう、お前が学ぶべきことはこの山にはない」

「……!」


 その言葉に、ハロルドは目を見開く。


「今日からお前は、王立ファステール学院の生徒となる」

「学院……に?」


 その言葉の響きが、ハロルドにはどこか現実離れして感じられた。


「お前は強い。だが、剣だけでは騎士にはなれぬ。民を知り、人を知り、魔法すら理解せねばならぬ時代だ。王もお前に期待している」


 祖父が差し出したのは、王印の押された編入推薦状だった。


「――国王陛下、直々の推挙だ」


 空の色が、静かに朱を帯び始めていた。


   ◇


 そして、季節は春へと移ろう。

 王都の外れに広がる広大な敷地。そこに威風堂々と構えるのは、王国直属の教育機関――王立ファステール高等学院。

 騎士、魔導士、そして国家の未来を担う者たちを育てる学び舎である。


 その正門前に、一人の少年が立っていた。

 栗色の髪を束ね、背筋を伸ばし、やや緊張した面持ち。


「……ここが、学園……か」


 その声には、畏れでも期待でもない、ただ真っ直ぐな眼差しがあった。

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