第21話 観測者の仮説と、二人というイレギュラー
あの日、朔くんと一緒に夜明けを迎えてから、わたしの世界は、本当に、本当に新しいものになった。
今までのループの中で、わたしはいつも一人だった。
未来を知る孤独。誰にも言えない秘密。たった一人で、世界の終わりと彼の絶望に立ち向かう、重すぎる使命。
それが、当たり前だと思っていた。
でも、今は違う。
隣に、朔くんがいる。
「このフォーラムの主、更新が半年前で止まってるな。何かあったのかも」
「こっちのサイト見て。世界各地の異常現象をマッピングしてる人がいる。日本の、この辺り……わたしたちの街に、報告が集中してる」
昼休みや放課後、図書室の片隅でPCを並べ、世界の秘密を探ること。それが、わたしたちの新しい日常になった。
これまでは、わたしが過去の
彼の横顔を見ながら、わたしは新鮮な喜びに満たされていた。
頼もしい。そして、何より、一人じゃない。
世界の運命を賭けた、絶望的な調査のはずなのに。彼の隣にいるだけで、わたしは不思議なくらい、心が穏やかだった。
周りのクラスメイトたちには、きっと、受験勉強に励むカップルくらいにしか見えていないんだろうな。
それもまた、くすぐったくて、嬉しかった。
「陽向さん、こっち来て」
朔くんが、手招きをする。わたしは彼の隣に行き、PCの画面を覗き込んだ。そこには、先日見つけた海外の科学フォーラムの書き込みが表示されていた。
『高次元存在による“観測”が、我々の三次元世界に干渉した結果生じる“ノイズ”』
「この“観測”っていう言葉、ずっと気になってるんだ」
朔くんの言葉に、わたしも頷く。
そして、ずっと胸の中で燻っていた、一つの恐ろしい可能性を、わたしは口にした。
「ねえ、朔くん。わたしの、このループって……もしかしたら、誰かに“させられていた”のかもしれない」
「……どういうことだ?」
「これまでわたしは、このループを原因不明のバグか、自然現象だと思ってた。でも、もし、この世界そのものが、何者かに“観測”されているとしたら?」
わたしの言葉に、朔くんの表情が険しくなる。
「このループは、その“観測者”が、何か特定の結末を観測するために、何度も世界をリセットしている……まるで、実験みたいに」
図書室の静寂が、やけに重くのしかかる。
「じゃあ、俺たちは……実験用のマウスみたいなものだって言うのか?」
「……その可能性は、否定できない」
わたしは、残酷な事実を告げるしかなかった。
「だとしたら、X-Dayに起きる災害が毎回違うのも、説明がつくかもしれない。それは“観測者”が、あなたを確実に絶望させるために用意した、完璧な“舞台装置”だったのかも……」
わたしたちの敵は、運命や天災といった、曖昧なものではないのかもしれない。
明確な悪意と意志を持った、「何か」である可能性。
その事実に、二人で言葉を失った、その時だった。
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
視線を感じる。
書架の陰から、誰かが、じっと、わたしたちを見ているような……。
はっとして振り返る。でも、そこには誰もいなかった。ただ、古びた本の匂いが立ちこめているだけ。
「どうした、陽向さん?」
「ううん……なんでもない。気のせい、かな」
わたしがそう答えた直後、別の異変が起きた。
見ていたPCの画面が、一瞬だけ、意味不明な緑色の文字列の羅列に変わったのだ。プログラミングコードのような、無機質な文字の滝。
それはすぐに元の画面に戻ったけれど、わたしたち二人には、それがただのシステムエラーではないと分かった。
“観測者”からの、警告?
それとも、「見ているぞ」という、メッセージ?
「……監視、されてるのかもな。俺たち」
朔くんが、低い声で呟いた。
新たな敵の可能性。監視されているかもしれないという不気味さ。彼の顔に、一瞬だけ、不安の色がよぎった。
わたしは、咄嗟に、テーブルの上にあった彼の手のひらに、自分の手を重ねた。
「でもね、朔くん。一つだけ、これまでの7回のループと、決定的に違うことがある」
「え……?」
「これまでは、わたし一人だった。でも、今は朔くんがいる。二人でいる。もしかしたら、それこそが、“観測者”の計算を狂わせる、最大のイレギュラーなのかもしれないよ」
そうだ。
一人で戦っていた時は、観測者の手のひらで踊らされているだけだったのかもしれない。
でも、今は違う。
本来、ループの記憶を持たず、ただ翻弄されるだけのはずだったあなたが、わたしと一緒に、こうして能動的に真実を探ろうとしている。
これだけは、きっと、あの“観測者”にとっても、想定外の事態のはずだ。
わたしの言葉に、朔くんの目から不安の色が消え、強い光が戻ってくる。彼は、わたしに重ねられた手の上に、自分のもう片方の手を乗せて、ぎゅっと握り返した。
「ああ、そうだな」
その声には、もう迷いはなかった。
「観測者だろうが、神様だろうが、知ったことか。俺たちの未来は、俺たちで決める」
二人でいること。それが、わたしたちの唯一にして、最強の武器。
わたしたちは、改めてお互いの存在の大きさを確認し、静かに頷き合った。
これからの戦いの相手が、たとえ誰であろうとも。
もう、わたしたちは、一人じゃない。
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