ヘイトクライム/電脳認知戦
「たまに会ってみりゃ……その格好は何だ?」
ハイレグのレオタードに白のウサギ耳を付けた私は担当官に向かって返答しました。
「これは一種の陽動作戦です」
「お前の趣味なんじゃ――まあ、いいや」
ネナ・エモニエ保安官に報告に上がりました。
「彼らはトランスフォーブの過激派テロリストだった。まあ氷山の一角に過ぎないが……反DEIの一派だな。多様性思想は原理的にいって排除的な考え方を包括的には扱えない。……少なくとも、統治機構に対する内乱予備罪について、これを看過することは出来ない」
私は疑問が生じましたのでネナさまに質問しました。
「人間は
「基本的にはな。しかし一部では企業によって子の生産手段が独占されているという声もある。都市部と
郊外や棄民地区では
「つまり、自由に子供を産む権利を取り戻そうとしているのですか? 人ではなく神の創った旧来の男女システムに
「
「ルソーの言葉とされる【自然に帰れ】の誤読いえ脱構築ですか」
ちなみにルソーは全然そんなことを言っていないという説もありますが。
「どちらでも同じことだ。人間は自分のリクツを強化するようにしか言葉を受容しないんだ」
加速された現代社会において地方格差問題を解消できなかった議会民主制は廃止され、広く一般意志を汲み取る政治システムが構築されました。個性や各々の事情は特殊意志と呼ばれ、それらはそれぞれ異なった方向性を持った
いえ……大局的には、加速された気候変動が議会制民主主義を崩壊させたと言ってもいいでしょう。
人は暑いと待てなくなるのです。湿度が高ければ食べ物も保存できず腐ります。
電気式冷蔵庫の発明以前、19世紀には世界的な氷貿易が栄えたほどです。
気候変動は食糧危機にも直結します……動植物の生態系も破壊するからです。
そのため、より効率的に迅速に【民意】を反映させるシステムが導入されました。
結局のところ、議会制民主主義は冗長かつ無駄が多く、そもそも代表者の選択肢が存在しない辺境と中央との対立を決定的なものとし、最終的には権威主義や独裁制と同じものに成り代わったのですから。
代議制や民主政という
「砂漠のど真ん中で、違法電脳アクセスが確認された。お前は脳への最低限の栄養供給だけでいいから身軽だ……。その調査ならびに必要に応じては対象の逮捕または排除を依頼したい」
ネナ保安官が私に次の仕事内容を説明します。ちなみに私の法的立場は……曖昧なところです。
「砂漠地帯には
「どうやらそいつは
「どのような電脳アクセスですか?」
「ん……それはほら、まあ、あれだ、生殖や人間の再生産に関わる情報を不法に入手しようとしているというか……ああ、ほら、
「つまり、えっちな検索ワードですか?」
「――そ、そうは言ってないだろ!
性は禁止されています。タブーが社会システムを形作るからです。ネナさまはその規範を内面化していると言えますね。コホン、とネナさまは咳払いをして続けました。
「道中には対人地雷も敷設されている。外敵の侵入を防ぐためでもあるが、砂漠に向かう際には注意しろ。いくつか無力化しても構わない」
分かりました、と答えて私はひとつ質問をしました。
「ダイナも連れて行っていいですか?」
「……誰だ、そいつは?」
「私の飼っているネコ型ロボットです。餌は要らないですよ。ひなたぼっこが好きなのです」
「…………好きにしたらいい。……ところで、お前のジゴロはどうしてる?」
「おお、その場合私がクーガーでしょうか。はい、元気にしていると思います」
私に搭載されている
「もはや死刑は最も量刑が軽い刑罰の一つだ。結局、
「略式の斬首刑による
「自分の未熟さゆえの軽率な判断だった。次はうまくやるさ」
ネナ保安官は続けて武器管理係(といっても
貸与されたパトロールライフルは多目的ランチャー付きベレッタARX、サイドアームの拳銃はシグ250コンパクト。どちらも21世紀初頭から保管されていたモスボール品です。ポリマーフレームは白色や水色のパステルカラーで形成され……市民に威圧感を与えないように配色デザインされています。
これらもまたネナさまの筋電義手と同様、貸与された
ベルトのバックルには六芒星の籠目紋と
「レーザー銃はないのですか?」
「あれは部隊単位で暴動鎮圧用低致死性攻撃と戦闘用殺傷攻撃の
「ああ、どちらかと言えば私は備品扱いなのですね」
「それに今回の任務は基本的に砂漠地帯の
「交戦規定のネガティブ・リストも確認済みです。それに私に搭載された
そもそも感情を欠いているのですから。私はお辞儀をして「失礼します」と言って部屋を出ようとしましたが、
「――おい! 海はどうだった?」
ネナさまにそう訊かれました。十数年ほど前に、私とゾーイさまは共に西の果てへと海を見に行きました。私は存在しない麦わら帽を被ると、海を知らぬ少女(と言っても問題ない年齢でしょう)に両手を広げたつもりで答えました。
「あれは全く巨大で手に負えない循環システムです」
飲み込まれそうになります。仮に私に感情があったとすれば、恐れ
ホッブズの言うリヴァイアサン、メルヴィルの言う白鯨のことです。
まったく潮風に錆び付かなくて幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます