マジカル・マージナル・マシンガール

名無し

22世紀のアマゾン女

 はい。

 「はい」は「イエス」という意味です。(『東京暗黒街・竹の家』より引用)

 冥王星が1930年の発見以来、初めて太陽の周りを一周し……アポロ型小惑星ベンヌが地球に衝突して、大量のエアロゾルを発生させ……地球の気温を数度低下させましたね。

 いわゆる【衝突の冬インパクト・ウィンター】です。

「涼しくなって過ごしやすいや」じゃありませんよ。大気中の粉塵は太陽光を遮り、光合成や作物の栽培を阻害しています。百億の人口を飢えさせないのはそれなりに大変なのです(たぶん)。

 それで、この間の日食でしょう。紀元前743年6月15日のものに次いで、この一万年で最も長い日食でしたね。【焼け石に水】――いや【泣きっ面に蜂】ですか。私を含む現在の機械人形オートマタたちは原子力電池を基本としながらも補助的に太陽光発電でも動作しています。

 日食という自然現象は常に社会不安を象徴してきました。何故なら人間という生命体は太陽活動にその生殺与奪を握られているからです。ガイア理論じゃありませんが、この惑星や太陽系のエコ・システムに比べれば、人間の活動など些細なものです。

 私は知っての通り人間の電脳ウェット・ウェアも搭載しているので、食事などによる栄養素の補給や酸素供給が欠かせませんが。その脳殻ウェット・ウェア胃腸オルガン経由で神経系に接続されており……私がメイドロボらしく勝手にあれこれ食事を用意したり生命活動に必要な物資を集めたりするので、結構【楽ちん】で居心地が良いんだそうです。

 要するに……難儀ナンギな立場なわけです、私は。(そりゃ、悪かったな)

 私の職業は【運び屋】です。外縁から中央へ、都市から砂漠へと価値を移動させています。管理された都市部に住まう人間たちと、周辺の郊外バンリューやスラム街に暮らす棄民たち、そして砂漠の不毛地帯で働く機械人形オートマタ労働機械ロボットたちとの間を……その境界線上を行き来しています。

 酸素と二酸化炭素を交換する赤血球ヘモグロビンのようなものです。

 内呼吸において、赤血球は各細胞に酸素を行き渡らせ、二酸化炭素を回収します。二酸化炭素の濃度の違いで酸素を手放したり二酸化炭素をキャッチしたりするわけですね。それはおおよそ需要と供給の関係のようです。


 “足よ じぶんを死へはこぶ 車のない二輪車……”(寺山修司少女詩集より引用)


「コンコン」Knock Knock 事務所のドアを叩きます。

「誰だ?」Who's there? 相手が訊ねます。

配達デリバリーです」It's delivery. 私が答えます。

「どんな宅配だ?」Delivery who? 相手が訊ねます。

運転です」Easy delivery. 私が答えます。

都市部では人工子宮マトリクスシステムによって生殖と人口とが管理されており許可のない性行為は禁止されています。人間は既に生産される資源なのです。愛玩動物ペットと同じく去勢され飼い馴らアプリボワゼされているということですね。

性玩具人形セクサロイドのデリヘルを呼んだのは誰だ?」

しかしながら、そうであっても、性欲を含む生物の欲望は人間の実存そのものです。生殖は、人間が生物たる所以ゆえんです。そのために、性は欲望され希求され続けます。私はハイレグのレオタードにウサギ耳を付け発情したバニーガールを装います。

「神はまず泥から、そして一滴の精液、血の塊、やがて肉片となり、人を形作りました。そして神の望まれる存在を子宮に留まらせ、赤ん坊として出産させます」

まあ私は性玩具人形セクサロイドとしては欠陥品で、欲望と愛情のエミュレータを欠いているのですが。これはコーラン巡礼章からの引用です。

「宗教勧誘か?」

国民国家や宗教のシステムは公式には21世紀末までに廃止されました。それは人々が国家による白色テロおよび民族浄化ジェノサイドを反省した結果とされます。

「性病と妊娠のない自由恋愛フリーセックスです」

「入れ」

事務所のドアが開けられます。中に居たのは五人ほど。一度に相手するにはこの人数が限界でしょうか。

「誰の使いだ?」

「はぐれロボです」

主人マスターを探しているのか?」

「ウーバーイーツと同じです。鴨がネギを背負ってきたのです」

「ウーバー……200年前から来たのか?」

「実は時空警察タイムパトロールなのです」

どうやら私が発狂したロボットだと彼らに信じ込ませる事に成功したようです(半分は当たっているのですが)。彼らもその気になってきたようです。労働機械ロボットには人権が与えられていないので当然です。何をしても許されるのです。

 一応、ボディチェックを受けます。

 人工皮膚はで少し日焼けしているでしょうか?

 乳房の大きさはオプションです。

 口腔内も湿潤に保たれています。

 太いからと呼ぶのです。

 そこには何も隠していませんよ。

 まだ寝ぼけているのですか?

…………――あ゙?

 おお、やっと目を覚まされましたか。

 あとは任せましたよ。


 (暗転)


 事務所の机がこちら側に吹き飛ぶと、私と相対していた人間がそれに巻き込まれて倒れます。何が起きたのか把握しきれないまま「テメェッ」二人目が拳銃ピストルを脇から抜いて私に向けます。銃口をかわしつつ巻き取るように拳銃のコントロールを奪うと、その勢いのまま誘導し三人目に向けて発砲させます。

 轟音。ノイズキャンセリングされてるとはいえ耳に痛いですね。二人目を羽交い締めで盾にしながら四人目、五人目を撃ち抜いていきます。落下した空薬莢がチリン、チリンと音を立てます。

 奥から六人目。二人目を投げ付けながら踏み台にして駆け上がると、六人目の首を正面から両腿で挟み込み、その勢いのまま投げ飛ばします。いわゆるヘッドシザーズ・ホイップです。これがプロレスであればゴングの音が響くことでしょう。

 静寂。一帯は無力化ニュートラライズされたようです。私が自分に訊ねます。

「殺したのですか?」

「死んではいないさ」

同じ声帯から声が発せられます。実際問題、クローン体や臓器移植によって【死】が克服された現代において肉体の死はあまり大きな意味を持ちません。脳殻ウェット・ウェアが破壊されなければいくらでも義体を換装し、蘇ることが出来るのです。

 仮に脳殻が破壊されても、白紙の脳タブラ・ラサ記憶移植トランスプランテーションすることで個人としての連続性が認められるようになっています。実際のところ、物理的に手に余る場合は頭部や脳殻のみを回収する場合もあります。合理的で【楽ちん】ですね。問題となっているのはなのですから。

 言い換えると、脳ミソの中も既に治外法権ではありえなくなってきているのです。これは人間の脳が最前線の認知戦です。自由と統制は相反するものなのです。

 左手からスパイダーマンのようにワイヤーを射出し、六人を捕縛します。最初に机を吹き飛ばした魔法も目視しづらいピアノ線ワイヤーを使用したのです……どのような奇跡エムブリオにもトリックはあるものです。

「アリス……ひとつ質問をいいか?」

「はい、何でしょう?」

「たまに起きてみりゃ、この格好はなんだ」

私をアリスと呼ぶこの方は匿名希望アノニマだそうなので便宜的に【ゾーイ】とでも呼ぶことにしましょう。暗号プロトコルにおける最初の当事者であるアリスに対する最後の当事者ゾーイです。私の中のゾーイさまは大抵はヤマネのように眠っていて、必要があればこのように目を覚まします。

「とても可愛らしくて、よく似合ってらっしゃいますよ」

「お前の義体ボディと対話界面インターフェイスだろうが」

「一種の陽動作戦です」

「お前の趣味なんじゃないのか」

「彼らの違法神経活動ニューロ・キネティックスが観測されたのです。私は彼らの捕縛または排除を業務委託されました。決して色情狂ニンフォマニアのハイレグ戦闘員のような格好をして恥ずかしがっていらっしゃる姿を見たかったわけではありません」

今回の私の役割ロールは囮捜査です。プレイ捕食者プレデターとを兼ねています。それは私とゾーイさまの役割分担そのものですね。労働機械ロボットの私は人間存在を傷付けることが通常許可されていません……ゆえに、機械人形オートマタの外見と人間の脳殻ウェット・ウェアとを兼ね備えた私たちは、大変都合良く使われているわけです。

 私は委託元である当局の担当官に通信して、回収を要請します。担当官はネナ・エモニエ保安官です。これでゾーイさまの食い扶持が稼げることでしょう。

「アレですね、少々申し上げにくいのですが」

「なんだよ」

「私ってほとんど女郎蜘蛛ジョロウグモでしょうか?」

「お前、誰をヒモだと」

持ちつ持たれつの関係だと言いたかったのです。人間関係にはそれぞれの役割ロールがあります。ヒーローに対するヴィラン、神に対する人間、女王様に対する奴隷、国家に対する国民、王党派を象徴する白百合に暴力革命の赤い薔薇……要するに、この世の仕組みとは巨大なBDSMプレイだという事です。規則ルールがあり、役割ロールがあり、皆がそれに合意して演じることで社会が構成されています。社会的に生殖・性行為セックスが禁止される以前は、社会的性役割ジェンダーロールもそうであったことでしょう。公共空間から性が排除されることによってのみ、性の多様性とは実現可能なのです。

 そうですね、私たちは政府の白色テロに加担して(依存して)生きています。


 つまり私たちことアリス=ゾーイは二重人格の分裂人間シゾイドロイドでありながら……時には死をも配達する22であるということです。

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