怒り

ヤマ

怒り

 そのゲームは、クリアした者こそ少ないが、妙に話題を呼んでいた。




「あり得ない理不尽さで、プレイヤーを挑発してくる」

「やめようとしても、何故か続けてしまう」

「作者、たぶん正気じゃない」


 そんな噂に釣られ、俺もついにプレイすることにした。


 


 ブラウザゲームとのことで、指定のページにアクセスする。

 スタートボタンを押すと、黒い画面に白い文字が浮かび上がった。


 


「あなたの限界を測定します」




 開始ボタンを押すと、舞台は洞窟のような場所。


 中央に棒人間風の操作キャラが立っている。

 どうやら横スクロール型のアクションらしい。


 チュートリアルも説明もない。


 画面を観察していると、天井が高速で落下し、即ゲームオーバー。




「反応、鈍いですね。疲れてます?」




 画面中央に表示された嘲笑の一文に、早くも苛立ちを覚えたが、メッセージの下のリトライボタンを押した。




 再挑戦。

 今度はすぐ横に移動したが、逃れた先で足場が崩れ、転落死。




「その程度で、出し抜いたつもりでした?」




 表示される言葉が、プレイヤーとしての自尊心を容赦なく削ってくる。

 リトライ。




 それから、幾度となく死んだ。


 ジャンプすれば、天井から針。

 避ければ爆発。

 敵に攻撃すれば、跳ね返されて自爆。


 要するに、「死にゲー」だ。


 理不尽を一つずつ記憶し、試行錯誤で乗り越えていく。




 死亡回数が三桁に達したとき、こんな表示が出た。




「この時点で諦める人が84%。あなたは、残りの16%ですね」




 初めて、僅かに認めるような文言。

 我ながら単純だと思いつつ、リトライ。




 耐えに耐えた三百回目。

 ようやく第一ステージを突破。


 しかし、祝福の音は鳴らなかった。

 代わりに表示されたメッセージがこちら。




「ただのチュートリアルに、時間掛かり過ぎじゃないですか?」




 このゲーム、煽りのセンスだけは、妙に優れている。




 第二ステージは、森の中。


 不条理の連続に、頭が沸騰しそうになる。




 七百回目のトライで、ようやく突破。

 クッションを顔に押し付けて、絶叫していた結果、口が当たっていた部分がべちゃべちゃになっている。


 怒りは頂点に近い。

 だが、それ以上に、自分でも驚くほど集中していた。




 第三ステージの開始前、演出が入る。


 画面が一瞬乱れ、黒背景に白い文字が現れる。


 


「なぜ、ここまで続けているのか、考えたことは?」




 確かに。


 腹が立った。

 だが、悔しかった。

 だから、やめられなかった。


 


「いつ諦めても、誰も責めませんよ。所詮、ゲームですから」




 優しさとも取れる言葉に、視界がにじむ。




「あなたも結局、その程度でしょう?」




 ……ははは。言ってくれるじゃないか。


 今なら、林檎も素手で砕けそうだ。




 第三ステージは、灼熱の砂漠。


 あまりの理不尽さに、着ていたシャツのボタンが数個飛んだ。




「単純に下手ですね」

「反射神経、ゼロですか?」

「無駄な努力、お疲れ様です」

「さっきの動き、意味があるんですよね? 私にはわかりませんが」

「他人のプレイ動画でも見てみては? 成果の模倣、得意そうですし」




 エンディングまで、泣くわけにはいかない。

 どこかから血が出ている気がしたが、気のせいだ。きっと気のせいだ。




 リトライ回数は、もうわからない。

 おそらく、四桁はとっくに超えている。

 しかし、遂に、第三ステージのボスを撃破した。


 その瞬間、エンドロールが流れた。


 達成感、疲労、呆然。

 複雑な感情が入り混じる。


 簡素な制作クレジットのあと、白い画面に文字が現れた。




【行動心理実験 第C‐7群】


 リトライ数:5963回


 対象者は、強い屈辱的刺激により、高い集中状態を維持。

 一部に、理不尽への過剰反応によると推定される、意味不明な挙動も確認。


 但し、ゲームオーバー時のリトライ押下速度は明らかに短縮。

 反骨心に類する感情により、離脱意志の低下が顕著に。


 すべては、ゲームに対する「怒り」によるものと考えられる。


 感情誘導成功率:94.8%


※本実験は、匿名化された非個人情報に基づいて実施されています。




 画面が暗転。




「怒ってくれて、ありがとうございました」




 最後に、再び白い文字が続けて表示される。








「あなたが単純で助かりました」








 泣いた。

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怒り ヤマ @ymhr0926

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