第25話「ユウヤ・前編」


 僕らは、昨夜までなんの変哲のない、平穏な集落にいた。

 すこしの間、薬草を取りに、出かけていただけだった。


「おい……なにが、起きてんだ!?」


 なにを間違えたのか?

 なにが起きたのか?

 その集落は、炎に包まれていた。


「すぐに行こう! まだ生存者がいるかもしれない!!」


 すぐにみんな駆け出した。

 ……だが、そこにあったのは刃物で斬られた死体ばかりだった。


「誰もいないのか……?!」

「……待って! あそこに一人立ってる!!」


 一人だけ、炎の渦の中、立っている人がいた。


「大丈夫ですか!? すぐに避難……を……」


 ローブを羽織った人が、すぐに男であると気づいた。

 その男は落ち着いて振り返り、口を開けた。


「——ああ、ここにいたんだ。みんな?」


 優しい声だった。

 僕と似た声色、体格、顔。

 偽勇者と言われるようになった原因を、忘れるわけじゃない。


「——ユウヤくん……?」


 そこにいたのは、死亡したとされてる勇者だった。


「なにを……してるの……?」


 アイラは感動の再会より先に、勇者の持つものを見て、目を見開いた。

 勇者の剣には、べっとりと血がついていた。


「久しぶり、みんな。 ずっと探してたんだよ?」

「ユウヤくん……その人を殺したの……?」


 勇者の足元には、集落の人が何人か倒れていた。

 出血の量から察するに、もう助からないだろう。


「ん? うん。どうかした?」

「……」

 

 キタンとマホは絶句したのか、言葉が出ていなかった。


「なんで……なんでこんなことを……?」

「……別に。みんな以外はどうでもいいでしょう?」


 その目は虚ろだった。

 人を殺しても、なんとも思ってないようだった。

 アイラはショックを受けたのか、ひどく震えた声を発していた。

 

「みんな生きててよかった。ずっと探してたんだ。もうルインズ王もいないし、また前みたいに一緒に旅をしよう」


 勇者は手を差し出して、みんなに語りかけた。

 皆、言葉も出ない様子だった。


「あなたは、言ってる意味わかってるんですか?」


 思わず声が出た。

 これが勇者だと言われた者なのか? と。


「……誰かな、君?」

「ソウヤ……アイラの仲間です。ここがアイラの故郷だと分かっていて、こんなことをしたんですか?」

「……? アイラたちはいないじゃん?」


 ……。

 この勇者は、わかっていないようだ。

 どこか、重要なところが欠けているように思う。

 アイラたち以外はどうでもいい、というかのように。


「というか、仲間って言った? アイラは僕たちの仲間でしょ?」

「僕たちって誰の事言ってるんです?」

「わからないか? みんなならわかるよね? 僕たちはずっと一緒でしょ?」


 意味不明、というのが端的な感想だ。


「なに言ってんだユウヤ……!」

「ユウヤ変わったね」


 それを証明するかのように、二人が口を開く。


「……嘘でしょ? 僕はなにも変わっていないんだけどな……」


 勇者が酷く悲しんだような様子を見せる。

 芝居なんかじゃなく、心底つらそうに。


「……ねぇ、なんでその子は僕に似てるの? もしかして、みんな勘違いしてる?? 僕はそいつじゃない。ここにいるよ?」


 錯乱してるのだろうか?

 すこしだけ、声が震えている。

「もしかして……みんな騙されてる? その子を殺せば、分かるのかな?」


 その瞬間、僕は全力で防御した。

 意識したんじゃない。体が反射的に、かつ、持ちうる闘力を刀身に集中させた最大級の防御。

 勇者の体中から闘力が溢れ、すべてが僕に向かってくるのがわかった。


「居合瞬斬」

「——ッッ!!?」


 体が捻じ曲がると思うほどの一閃だった。

 一閃だというのに、僕の体は後方の家に吹き飛ばされていた。

 居合抜刀と同じ構え、同じタイプの技。

 それなのに、今までで一番の強さだと感じた。


「あれ、防御された? 感はいいね」

「——ッ!? ユウヤ!!」


 僕だけじゃない。みんな反応できていなかった。

 次の瞬間、キタンとマホが動き出していた。


焔翼ウィング!!」

「ちょっと、二人とも攻撃しないで」


 勇者は、二人の攻撃を軽々と避けていた。


「それが勇者のすることかよ!? なにがあったらそうなる?!」

「落ち着いてキタン。彼を殺したらすぐにわかるよ」


 衝撃で痛む体を起こす。

 防御のおかげで、骨はいってない。

 もう彼は、勇者じゃない。

 言葉を喋り、人を殺すのは——


「それは、魔族と変わらない!」

「マホも落ち着いて。大丈夫、今助けてあげる」


 僕の心を代弁するように、マホさんが叫んだ。

 やるしかない。闘力の動きを見て、斬る!


「——迅雷一閃!」


 持ちうる最高速度で彼の首筋を狙う。

 だが、ノールックでガードした。


「アイラよりちょっと早いかな」

「——ッ!」


 闘力の動きから、蹴りが来るのがわかった。

 すぐさま、体を後ろに下げる。


「また避けた。なんか君——」


 彼が足を戻す前に攻撃を……なんでもいい、攻撃を繰り出せ!


「飛空剣!」

「動きが見えてる?」


 最小限の予備動作で繰り出したにも関わらず、彼は寸前で避けた。

 まるで、そこに斬撃が来るのが分かっていたかのように。


 ギリギリ間合いの外に出て、沈黙が流れる。

 動きが見えてる? と彼は言った。

 今までの動きからも思っていたが、もしかすると。


「君も、闘力の動きが見えるわけか」

「……」


 彼にも闘力の動き、すこし先の動きが見えるようだ。

 それは、僕にとって、絶望を意味していた。

 自分がそれを扱えるように、相手にも見えるということは、攻撃が当たらないということだ。

 どれだけ早く斬撃を振ろうと、見えているのなら避けられる。

 ましてや、彼は勇者。


 勇者は人類唯一のS級。

 力の差を、まざまざと感じる。


「これも、避けられたりするか?」


 彼が突きの構えを取る。

 足に闘力を籠める。


「——閃槍牙」

「——ッぐ!!?」


 全力で避けたというのに、すこしかすった。

 闘力の流れは見える。だが、想定以上に早すぎる。

 

「はい、王手」


 まずい、次の攻撃が来る。

 間に合わない。


「——ぬぅ!!?」


 キタンが間一髪のところで助けに入る。

 彼の攻撃を、しっかりと受け止めていた。


「坊主、伏せてろ! やれ、魔法ちゃん!!」

紅蓮焔爆スカーレットノヴァ

「……え?」


 キタンが守り、マホさんが最高火力を叩き込む。

 二人の鉄板コンボ。

 熱風がキタンの後ろに隠れていても感じる。


「どうだ……!?」


 すこしの沈黙。

 だが、その沈黙を破ったのは僕らではなかった。


「……痛いな。マホさんの魔法を防御しにくいから困るよ」


 キタンの後ろから覗き見ると、彼は立っていた。

 闘力を全身に巡らせて、あれをガードしたのだ。

 

 僕は戦慄した。

 どうすれば、この男を倒せるのだろうと?

 そもそも、この男を倒すすべはあるのだろうかと。



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