二人のママ
数金都夢(Hugo)Kirara3500
ここまでの長い道のり
昼過ぎの午後三時頃、理生はわたしがリビングで小説の執筆をしている横で、数日前に買ってきたレゴブロックを高く積み上げている。五歳になったばかりのまだまだ小さい手によって積み上げられたカラフルな塔を見上げながら、「ママ、みてみて!」と得意げに振り返る娘の顔は、わたしにとっては何よりもまぶしいものでした。
そんなある日、理生はわたしの腕にそっと触れて少し首を傾げた。「なんでママって、ひんやりしてるの?」わたしは、娘のその素直な言葉を聞いて言葉に詰まってしまった。わたしの体は、普段内蔵している電子部品が高熱によって誤作動、破損しないように適切に放熱されていて、その間は普通の人間ほど表面が暖かくなることはありません。それで、娘が生まれて間もない頃に、夜中に泣き出したとき、わたしが胸に抱きしめても、ひなみのように充分なぬくもりを与えられなくてどうにもならなくなったときのことを思い出した。その時はひなみがだっこしてなんとか収まりました。
わたしはひなみの研究チームが作った新しい体を持って目覚め、そしてひなみと一緒に新しい「家族」を築くことを選んだ。そして、もう一人の友人、
来幸ちゃんの研究室に見学に行ったとき、わたしはポッドに浮かぶ小さな命を初めて見た時は涙がしばらく止まらなかった。そのときは通称「目薬」、本当は食器用洗剤を薄めて作ったアンドロイド専用角膜レンズ洗浄液なんだけど、それをポケットに忍ばせておいて本当に良かった。すぐに点眼して涙タンクを一杯にできたから。
それから数カ月後、娘が生まれて引き取ったとき、わたしは彼女をそっと抱き上げた。娘の体温はわたしの冷たい手にもしっかり伝わった。そしてひなみも来幸ちゃんもわたしもあふれるばかりの涙を流した。そして不条理なことではなく「道理が生きる」存在であってほしいと思ったから「理生」と名付けた。
育児は、想像以上に手探りの連続だった。夜中に理生が泣き出すたびに、ひなみと交代で対応した。わたしは充電ができていれば、数日に一回の脳内の情報の整理、いわゆるデフラグのときだけは睡眠が必要で、それ以外のときはずっと起きていても平気だったから体力的な辛さはほとんどなかった。そのかわり、育児のやり方に普通の人間との違いがあった。
例えば、授乳。普段、わたしの乳房の内部は緊急時に電子部品を異常な熱による傷みから守るための普段使わない予備冷却水が入っているタンクになっているのだが、育児期間中だけはひなみのチームが右側のそれをミルクを入れて娘が母乳のように吸えるように改造手術をしてくれた。しかし、粉ミルクを溶かして胸部のハッチを開けて中に入れる作業は、正直言ってかなり面倒だった。人間のお母さんのように、体内で生成された温かい母乳を直接あげられたらどんなに良かったと何度思ったことか。それでも、小さな理生がわたしの胸にしがみつき、ミルクを飲む姿を見るたびに、その苦労はだんだん充実感に変わっていった。
そして、娘の食育ができないのがさびしくて辛かった。遠い昔、人間の子供だった頃大好物だったプリンの味も、今ではほとんど覚えていない。だから、理生におふくろの味を教えてあげるのは、ひなみママの役目だった。「これ、甘くて美味しいね」「このお野菜は元気が出る味だよ」と、ひなみが娘に語りかけながら食べさせる姿を、わたしはいつも隣で見守っていた。理生が美味しそうに目を輝かせると、わたしもほんわかした気持ちよさを感じた。そしてスーパーでの買物もひなみに任せている。わたしが行っても何を買えばいいのかわからないから。
理生が成長し、言葉を覚え、やがて幼稚園に入園する頃には、わたしたちの家族の形も周囲に少しずつ理解されるようになっていった。時には、他の保護者から好奇の目を向けられることもあったけれど、ひなみがいつも堂々と隣にいてくれたし、理生自身もわたしたちのことを何の疑問もなく受け入れてくれた。
「ママはいつご飯を食べてるの?」「ママが充電している時ってどんな感じ?」「ママはどんな夢を見るの?」理生の純粋な問いかけは、わたし自身のアンドロイドとしての存在を、より深く考えるきっかけをくれた。わたしは、人間だった頃の記憶をROMメモリに持ち、無意識の領域はAIで動いている。しかし、この数年で理生との触れ合いを通して新たに育まれた感情は、プログラムされて作られたものではなかったと自信を持って言いたい。そのとき、わたしに新しい論理回路がシナプスのようにできたのかもしれない。
娘の存在を通して、わたしは「不死鳥」として再生した意味をあらためて認識した。それは単に「人間に近い存在として生き返った」ことだけではなく「人間の母になったアンドロイド」として、新たな形で命を育むことができた、というわたし自身も想像もしなかった価値、生きがいを見出すことだった。
今、理生はわたしの足元でまた新しいブロックの家を作り始めている。
かつて、人間だった頃のわたしが焼かれてできた「かけらたち」はビンに詰められ、ひなみの机に置かれて見つめられ、話しかけられ、時にはビンごと抱きしめられていた。それが、ひなみの揺るぎない愛と努力、そして来幸ちゃんの技術によって、今、わたしはこうして母として、この温かい家族の中で生きている。そしてその「かけらたち」はステンレスカプセルに詰め替えられて今のわたしの胸のところに組み込まれている。
わたしたちは、人間とアンドロイドのハイブリッドな家族だ。血の繋がりや身体的特徴を超えて、愛情と理解で結ばれている。そして、わたしはこの新しい家族の形が、未来の社会に少しずつ根付いていくことを願っている。
「理生、大きくなったら、ママの本、読んでくれるかな?」
ブロックの塔が完成し、満足げな笑顔で振り返った娘に、わたしはそっと問いかけた。いずれは娘にわたしの半生を語らなければならないけど、今はまだ早すぎてトラウマのもとにしかならないから。
その時ちょうど、ひなみが帰ってきた。
「おかえり、ひなみママ」
理生の嬉しそうな声が飛んだ。わたしは、いつものように彼女を抱きしめた。仕事で疲れた彼女にありったけの愛と体力をチャージするつもりで。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
今日、高校の卒業式に行ってきました。
最後に、いつまでも若いゆかりママ、仕事で忙しい中、白髪を茶色に染めて駆けつけてくれたひなみママ、そして私が並んで校門の前で揃って写真を撮りました。
私がここまで来れたのは育てくれたママたちと先生方、そして来幸博士のおかげです。
卒業おめでとう! 私!!
二人のママ 数金都夢(Hugo)Kirara3500 @kirara3500
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます