第40話:“女王”との対面

 朝の光が、石造りの迎賓館を淡く照らしていた。


 リィナは整えた装束の裾を払うと、深く息を吸い込んだ。

 寝起きでぼさぼさのノア、眠そうにあくびをこらえるミロを横目に、きっぱりと言い切る。


 「さて。今日は“公国の未来”を賭けた外交交渉です」

 「……昨日、ぬいぐるみ買ってた人が言うと説得力ない」

 「寝言で“ブラック国家の社食”って呟いてたミロに言われたくない!」


 そんなやり取りを交わしながらも、三人の足取りは迷いなく、連邦庁舎へと向かっていた。


 


◆ ◆ ◆


 


 ――フィーネ総合庁舎、上層部。


 中枢に位置する応接室は、整然とした空気に包まれていた。


 そこに立つ一人の女。


 漆黒の軍服をまとい、鋭く結い上げた黒髪と、冷ややかな灰色の瞳。


 その人物こそ、レーナ連邦首相――イーリス・ラグラロア。


 周囲から“連邦の女王”とまで称される女傑である。


 「……来たわね。“公女”のお出ましだと聞いて、てっきりお飾りが来るかと思ったけれど」

 イーリスが片眉をあげる。


 「意外ね。ちゃんと自分の足で歩いてくるとは」


 「リィナ・ミティアです。ミティア公国より、国交協議のため参りました」

 リィナが淀みなく名乗り、軽く礼を取る。


 続いて、少し控えた場所にミロとノアも頭を下げた。


 「挨拶は形式的に済ませましょう。こちらも、外交儀礼にはさほど興味がないの」


 イーリスは腕を組んだまま、リィナを値踏みするように見つめた。

 その目には、女としての厳しさと、国家を背負う者としての眼差しがあった。


 「で、“再建者”の代理として来たあなたが、我が国に何を求める?」


 


◆ ◆ ◆


 


 「対等な関係です」


 リィナの答えは、はっきりとしたものだった。


 「交易でも、軍事でも、どちらが上でも下でもなく。

 公国と連邦が、未来を共に歩む同盟国となることを望んでいます」


 その言葉に、イーリスの表情が微かに変わった。


 「……ふぅん。“同盟国”ね」

 「レーナ連邦が保有する防衛兵器や、技術の一部。

 それを、今後互いに共有できる枠組みを築ければと考えています」


 「……ずいぶんと、正面から突っ込むのね。悪くない」


 イーリスが椅子に腰を下ろすと同時に、背後の官吏たちが静かに控える。


 「こちらも情報は得ている。あなた方の“自由都市”構想、通貨統一、ギルド銀行、そして……帝国への対抗姿勢」


 「隠しているつもりはありません」

 リィナが小さく笑う。


 「この国が、帝国の拡張主義の矛先になりうる可能性も承知しています。

 だからこそ、公国と連邦が“点”ではなく、“線”として結ばれるべきだと考えています」


 その瞬間――イーリスの口元が、かすかに吊り上がった。


 「……いい目をしているわ。飾りじゃない。“牙”を持つ公女か」

 「“公国の飾り”で終わるつもりはありませんので」


 しばしの沈黙のあと。


 イーリスは、背後にいた一人の側近に目配せした。


 「準備を。今宵、夜会を開くわ。外交官だけじゃない。

 フィーネ中枢の連中を揃えて“本気”の交渉を始める」


 「……歓迎の儀式ではなく?」


 「歓迎ならもう済んでいるわ。挨拶で帰られたら、むしろ困る。

 ……あなたには、“連邦の本気”を知ってもらう必要がある」


 そう告げて、イーリスは立ち上がった。


 「夜までに、しっかり準備しておくことね、公女殿」


 


◆ ◆ ◆


 


 謁見を終え、廊下を歩くリィナはうつむいた。

 「あとで胃薬、買っておきますね……」

 ミロが心底から労るように言った。


 夕暮れの街に、少女たちの足音が響いていく。








◆あとがき◆

毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!

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そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!

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