第39話:南境の街と、少女たちの時間

 空の青さが、ひときわ澄んでいた。


 連邦南部、国境都市フィーネ。

 その街並みは、公国のものとはまるで異なる空気をまとっていた。


 「……これが、女の国の“玄関口”か」


 馬上で呟いたのはノアだった。

 石畳の整った街路、無駄のない建築。そして通りすがる人々の多くが、女性だった。

 だが、ただ女が多いというだけではなかった。


 歩調の揃った衛兵。統制の取れた交通。

 そのどれもが、きびきびとして、筋が通っている。


 「美しさと、強さが同居している街ですね……」

 ミロがぽつりと口にする。


 先頭を歩いていた案内役の女性騎士が、ちらりとこちらを振り返った。


 「ようこそ、レーナ連邦へ。

 皆さまを、フィーネ総合庁舎上階の迎賓館へご案内いたします」


 リィナが軽く頭を下げ、隊列はそのまま街へと入っていった。


 


◆ ◆ ◆


 


 市内の迎賓館に到着し、身を清めたあと、正式な謁見は「明朝」と伝えられた。


 式典も、交渉も、すべては翌日――。


 「せっかくだし、少し街を歩いてみない?」


 そう言い出したのはリィナだった。


 「公女さまが、外を歩きたいなんて……」

 ミロが驚いたように声を漏らす。


 「……災害の前兆?」

 ノアがさらりと毒を吐く。


 「人の善意をなんだと思ってるのよ!」


 けれど、張り詰めた気を緩めるには、街の風を感じるのが一番いい。


 リィナは、そう言い訳しながら、ふたりを引き連れてフィーネの石畳を歩き出した。


 


◆ ◆ ◆


 


 「なんというか……全体的に、背筋が伸びる街だわ」

 リィナが通りを見渡しながら感想をこぼす。


 露店の並ぶ市場も、人の波も、公国とは違う。


 女性が中心に働く国というだけあって、仕立屋や商家の主はほとんどが女。

 兵士も騎士も堂々と歩き、男の姿はむしろ目立つほどに少なかった。


 「男嫌いの国、とは聞いていましたが……」

 「“男を甘やかさない国”って言った方が正しいかも」

 ノアの観察が冷静すぎて、思わずミロが笑った。


 魔導商会が並ぶ通りに差しかかると、ミロの目が一気に輝いた。


 「レーナ式魔導炉……! これ、魔力安定機構が四層になってる……」

 「こら、勝手に触らない!」

 リィナが慌ててミロの手を引いた。


 一方、ノアはなぜか兵器店の前で立ち止まり、現地式の短剣を手に取りながらしげしげと眺めている。


 「これ、折りたたみ式……携行と実戦、両立してる」


 「……買うの?」

 「研究用」

 「……誰の?」


 


◆ ◆ ◆


 


 結局、3人は宿に戻る頃にはそれぞれ荷物が増えていた。


 魔導炉の構造図、民族刺繍の髪飾り、携帯兵糧(美味だった)、そしてミロが抱えた謎のマスコット人形。


 「……誰が見ても“視察団”じゃない」

 ノアがぼそりと呟く。


 「文化的交流よ。心の通い合い」

 リィナが胸を張る。


 「……明日、全部帳消しになるんですけど」

 ミロが溜め息をつきながら言った。


 そう。明日は、“連邦の女王”と呼ばれる首相――イーリス・ラグラロアとの謁見が待っている。


 観光気分で来たつもりはない。

 この訪問は、歴史に名を刻む交渉の第一歩だ。


 


◆ ◆ ◆


 


 宿の部屋で荷を解き、ひと息ついた後。


 「明日に備えて、ちゃんと早く寝ましょう」

 リィナが宣言すると、ミロが小さく手を挙げた。


 「……夜のお風呂、混浴らしいですけど」

 「なにそれ無理!!!」

 リィナの絶叫が、宿の廊下に響いた。








◆あとがき◆

毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!

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そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!

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