第27話:学びと技術は力──商業学院の設立
自由都市構想が動き出して数日。
新設地の測量報告が戻ってきた朝、加賀谷は執務室にミロを呼び寄せた。
数値と制度を最も理解する「記憶魔導士」の彼女が主役だ。
「ミロ、ここに座って。今日は“学校”の話をする」
「が、学校……ですか?」
大きなゴーグルを額にずらしながら、ミロは戸惑った表情を浮かべた。
加賀谷は都市計画図の端に、新たな区画を赤で囲む。
「読み書き算術、商法、魔法応用。――労働市場を開放するなら、学ばせる場所が要る。君の記憶魔導で『一学年ぶんの教本』を圧縮して投影し、半年で読み書きと計算を叩き込むカリキュラムを組めないか?」
ミロの瞳が明るくなる。
「そ、それなら……可能です! 記憶映写で一日二時間、あと演習を半日……」
リィナが書類を抱えて入室し、加賀谷の言葉を継いだ。
「都市に来る人たち、みんなが基礎を身につければ、商人も職人も雇いやすいわ。読み書きができないと、手形も契約も扱えないもの」
「うん。だからこの学院が“自由都市の入場券”だ」
加賀谷は指で赤線をなぞる。
「授業料は初年度無料。卒業後、一定期間働いて初めて返済に入る“収益連動型”にする。銀行との連携で、不払いリスクも抑えられる」
ミロは頷きながら魔導端末を起動し、映写板に式を走らせる。
――生徒一人につき初期コスト四十魔鉱貨、卒業後三年で回収率一二〇%。人口流入五百人時点で黒字化。
「れいしゃちょー……数値上は、半年で採算が取れる設計になります!」
「よし。教材編纂は君に一任だ。魔導投影の安全性チェックも忘れずに」
ミロは胸に手を当て、深くお辞儀をした。
「ま、任せてください……! “数字で国を救う”に、わたしも……!」
加賀谷は微笑み、都市設計図を巻き上げる。
教育の歯車が回り始めれば、次は産業と物流――そして、帝国がこの流れを無視できなくなる段階へ進む。
城の高窓の外、遠く測量隊の旗が翻るのが見えた。
学びは武器になる。小国は、知で帝国を揺らすつもりだった。
◇ ◇ ◇
その日の夕刻。
学院設立の報せは、既に公都の街角でも話題になっていた。
「義務教育……じゃないんだな」
加賀谷は城の一角に設けた臨時の会議室で、椅子の背に寄りかかりながら呟いた。
「ええ。“義務”じゃなく“選択”にした方が、人は集まります」
リィナがすかさず答える。今日の彼女はどこか上機嫌だった。
「おかげで、貴族の子女からの申し込みがもう二十件以上届いているわ。“帝国よりも早く、実利に通じた学びが得られる”って話題になってる」
「情報の広がりも悪くないな。レオンが裏でちょっと流してるのかもな」
加賀谷は苦笑する。
その隣では、ミロが映写板を前にデータを整理していた。彼女は今日一日で三本のカリキュラム試案を提出し、加賀谷の指示に沿って次々と改良を加えていた。
「れいしゃちょー、初期版の教科は五つでどうでしょうか。“読み書き”、”数の基本”、”記憶術”、”契約と規則”、そして……“仕事の選び方”」
「最後だけずいぶんふわっとした教科だな」
「で、ですが、こう……自分が何に向いてるか、分からない人も多いと思うんです。その参考に……その……キャリアガイド的な……」
「いいじゃない」
リィナが笑ってうなずいた。
「“自由”って言っても、道が分からないと立ち止まるだけだもの。少しでも背中を押す授業、必要よ」
ミロは嬉しそうに笑みをこぼし、また端末に数式を走らせ始めた。
加賀谷は窓の外を見やった。夕日を浴びた公都は、少しずつ活気を取り戻してきていた。
(教育。情報。流通。そして、都市の魅力か)
武力で国は動かせない。だが、「住みたい」と思わせる仕組みをつくれれば、人と金は勝手に流れ込む。ここまでは計画通りだ。
あとは、この“流れ”を止めないことだ。
そのためには──帝国に、こちらの存在を見せつける時期が近い。
「……リィナ。次は産業都市の方にも動こう。自由都市の根幹になるインフラを整える」
「了解よ。物流、鉱山、水源……候補地は三つ。明日、現地確認に出る?」
「任せる。俺は……もう一段、仕掛けを考える」
そう言って、加賀谷は立ち上がった。
教育が整った。次は「産業の舞台」そのものを形にする段階だ。
教室に光が灯り始めた。夜もまた、この国の成長時間だった。
◆あとがき◆
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