第22話:信用経済の胎動

 貴族会議が驚くほど静かに終わった。

 大抵は誰かが難癖をつけて長引くのに、今回は拍子抜けするほどまとまった。


 「――あの男のおかげか」


 加賀谷は席を立ちながら、数日前の光景を思い返す。


 廊下の中央、赤い外套を翻した長身の男が一礼した。

 ヴァルド・レヴァンティス。かつて帝国外交を取り仕切り、今はミティア随一の大貴族。


 「お噂はかねがね。遅ればせながら、レヴァンティス家一同、閣下の改革に与(くみ)する所存です」


 抑えた声に潜む熱。

 差し出された手を、加賀谷はゆっくり握り返した。

 信用できる。ただし、信頼はまだ先――それが今の判断だ。


 会議が散会し、誰もいなくなった会議室。

 扉が閉まったのを見届けてから、ヴァルド・レヴァンティスはそっと片膝をついた。

 絨毯の深みに声が吸い込まれていく。


 「閣下ほどの方が、この国に現れるとは……。

 ──“数字で人を救う”と掲げ、それを現実に移せる方など、二百年の歴史を遡ってもいなかった」


 囁くような言葉は、誰にも聞こえない。だが本心だけがにじみ出る。


 「私利私欲ではなく、理と利を両立させる御方……。

 その御力のもとで働けるなら、これ以上の誉れはございません」


 ヴァルドは静かに立ち上がり、表情を平静に戻して去っていった。

 ――加賀谷はこの独白を知らない。



 *


 夜明け前の執務室。

 書類を片付けながら、加賀谷がぽつりと漏らした。


 「帝国を経済で叩く――その前に、三つ壁がある」


 リィナが顔を上げる。


 「三つ、ですか」


 「まず通貨がバラバラ。銀貨、銅貨、帝国金貨、そして魔鉱貨。価値の“ものさし”が揃わないと、商人は計算できない」


 「たしかに、市場でも毎回換算していて面倒ですわ」


 「二つ目。払える保証がない。現金が足りない町では “来月払う”と口約束で終わる。信用がないから物も動かない」


 「信用を形にする仕組みが必要、と」


 「最後は金を借りる場所がない。商売を広げたくても、誰も貸してくれない。 ――流れが止まるわけだ」


 リィナは腕を組み、机上の硬貨を見比べた。


 「解決策は?」


 「こうする。

 ①魔鉱石を裏付けに、新しい共通通貨を発行する。

 ②魔導で偽造できない“封印手形”を作り、後払いでも取引できるようにする。

 ③商人ギルドと手を組み、利息つきで金を貸す“銀行”を置く。」


 リィナの瞳がわずかに輝く。


 「通貨・信用・融資……三つ揃えば、血液みたいにお金が回るのですね」


 「ああ。まずは心臓を作る。動き出したら、帝国の方からレートを気にして寄って来るさ」


 加賀谷は魔鉱貨を軽く弾き、静かな音を聞いた。

 通貨と約束――その二つを動かす歯車を、これから作る。







◆あとがき◆

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