第15話:急襲への逆襲(後編)

 ガロウがゆっくりと剣を下ろす。

 部屋には、荒い息づかいと、わずかに焦げた魔素の残り香だけが漂っていた。


 「……制圧完了。残敵なし」


 近衛の一人がそう報告し、ようやく緊張が緩む。


 リィナは、壁に寄りかかるようにして腰を下ろした。

 薄く、しかし確かに微笑む。


 「……来てくれたのですね、カガヤ」


 「ああ。約束したからな。生きて、戻るって」


 リィナはほんの少しだけ、目を伏せた。

 そして、静かに頷く。



 * * *


 「……急襲を退けたか」


 加賀谷は亜麻色の床を見下ろし、短く息を吐く。ガロウは剣を鞘に収めながら肩口の血を押さえた。


 応急処置を終えたガロウは、片膝をつきながらも、城内地図と戦力配置の簡易図を前に目を走らせていた。顔色は悪いが、声には芯がある。


 「……やはり、内部の貴族だけでは、ここまで整った動きはできん」


 ガロウは低く言い切った。


 「襲撃が刺客だけで終わるわけがない。やつらは既に“次”を見据えて動いている。つまり……外部の戦力を引き込んだ可能性が高い」


 加賀谷が頷く。


 「俺もそう考えてた。だが、根拠がなければ“反乱”の断定はできない。だから──ミロ、出してくれ」


 「は、はいっ!」


 ミロがばたばたと端末を抱えて駆け寄る。幾枚かの書類が、投影魔術で空中に広がった。


 「これは……?」


 リィナが目を細めた。


 「“反乱の可能性がある貴族”のリストだ」


 加賀谷が淡々と言う。


 「二週間前から、ミロに調査を依頼していた。税の支払いや書簡の動き、そして人の出入り……複数の異常が見られた家がある」


 「この資金の流れ……見てくれ」


 加賀谷が指し示したのは、複数の金商と物資供給ルートを繋いだ赤い線だった。まるで神経網のように絡み合い、ある一点へと収束している。


 「最終的に物資が運び込まれてるのは、東部山沿いの砦跡地。地の利もある。武器、兵糧、輸送規模から見て──少なくとも三百から五百はいる」


 「……兵の練度は?」


 「このペースでの物資消費、それに訓練用具や小型の負傷用医薬品の動きもある。実戦経験あり、士気も統率も高いと見ていい」


 ガロウは資料を一瞥すると、即座に対応策を口にした。


 「精鋭を分断し、本隊とは別に動かせる地点が三つある。陽動を混ぜれば、拠点側からも釣り出せる。補給路の遮断と合わせて、包囲戦の形を取るべきだ」


 「殲滅は難しいだろうな。連中も後がないから、正面からのぶつかり合いは避けてくる」


 「だが、鎮圧は可能だ」


 ガロウが言い切る。


 「彼我の戦力差を計算すれば、勝機は十分ある。問題は、こちらの損耗をいかに抑えるかだ」


 「……戦場を選ぼう。奴らが本当に狙ってくるなら、王都を守りながら、逆に戦線を誘導できる」


 加賀谷は背後の地図に手をかけ、ルートを指し示した。


 「南東の街道。補給も展開も取りやすい。そこに偽の備蓄と通信を流す。奴らが釣られれば、砦を空にできる」


 「ならば俺が南から回り込む。退路を断てば、砦を制圧できるな」


 「頼む。ガロウ」


 「任された」


 二人の視線が重なり、静かに頷き合う。


 ――敵の顔はまだ見えない。

 だが、敵の動きは、すでに読まれていた。


 加賀谷の冷静な分析と、ガロウの戦術眼。

 その組み合わせこそが、国家を守る“壁”となる。


 そして、彼らは迷わず動き出す。

 この国に、まだ守る価値があると信じているからこそ。

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