期待に応えない人生

元気モリ子

期待に応えない人生

思えば、本当に人の期待に応えずにここまでやってきた。


それは今に始まったことではなく、本当に幼い頃からそうであったため、これは後天的なものではなく、先天的な性分のように感じる。

悲しい話である。


幼い頃から茶道や華道の教室に通い、お茶席などにもよく参加させてもらっていた。

休みの日には母と美術館や狂言鑑賞に出掛け、帰りにふたりでお茶をして帰る。

その後すみやかに中学受験をし、キリスト教系の女子校に進学。

学生になってからは巫女のお手伝いに赴き、巫女舞のお稽古にも足繁く通ったものである。

漫画やアニメは禁止、その代わり本は際限なく買い与えてくれる。

家にはゲーム機の代わりに年季の入った顕微鏡がひとつあり、よくひとりで色んなものを覗き見ては愉しんでいた。


そう、こんなもの私にだって分かる。

お嬢様一直線の教育方針である。

「かしこお嬢様」と書かれたゴールに向かって、極太の一本道が伸びている。


しかし私は、前述した道全てから逸れ、何ひとつ実らせず、今ここに手ぶらの仁王像の如く堂々と立っている。


両親の期待に一切応えず、教わったことを何ひとつ身に付けず、ただひたすら堂々としている。

我ながらどういう訳かと頭を抱えたものの、抱えただけで反省など1ミリもしていない。

自分のことなのでよく分かっている。

恐ろしい女だ。


6年間理系の中高に通わせてもらったにも関わらず、大学だけド文系へ進み、人生で一度も染めたことのなかった黒髪を、就職活動で皆が黒染めするタイミングで初めて茶色く染め、好きな人に「ショートカットが好きだ」と言われ、それまで伸ばしたことのなかった髪を初めて伸ばし、昨年「そのうちマネージャーになって欲しい」と言われた会社を辞めた。


相手がこうして欲しいということや、言って欲しい言葉が分かれば分かるほど、応えたくなくなる。

「人を喜ばせたい」という気持ちを1ミリグラムも持ち合わせておらず、かと言って「この決められた流れに逆らってやる!」といった熱意も何もない。

ただ何となく面白がってそうしてしまう。

書きながら自分で震えてきた。


私はどうやら、ホスピタリティの全てを産道に落としてきたようである。



今からでも人のために動ける、心優しき人間に変われるのだろうか。

タイタニックで人に救命ボートを譲れるような、最後まで演奏を続けるバンドマンのような人間に、私もなれるのだろうか。

今のままでは、人を押し退けてでも救命ボートに乗り込む肥え太ったババアになること請け合いだ。

予感が止まらない。

あんな奴ろくな死に方をしない、つまり私もろくな死に方をしない。

それは困る。


今日から来る日も来る日も徳を積むことにした。


しかし盲点であった。

自分の「徳を積んで欲しい!」という期待に、「応えたくない!」と叫ぶもうひとりの自分がいるのだ。

「天使と悪魔」などという素敵なものでもなく、ただの愚かな「私と私」である。

どちらも利己的な要求をし、結局どちらも他人のためになど動いてはいない。

エネルギー源が献身的ではない。

これでは何の意味もないではないか!



そんなことを考えていると、旦那から


「今から帰るよ〜」


と連絡が入った。

続けて、


「何もしなくて良いからね、

帰ったら僕がご飯を作るから、

モリ子ちゃんはゆっくりしていれば良いからね」


と届いた。


次の瞬間、私はすっくと立ち上がり、洗濯を取り込み、晩ご飯の支度へと動いた。

玉ねぎをせっせと切りながら、「期待に応えない人生、継続!」と心で叫んだ。


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期待に応えない人生 元気モリ子 @moriko0201

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