時計を見ると2時

わなざわはじめ

※※※※※※※※※※※※

 ビクン!







 ……。

 時計を見ると2時。珍しく深夜に眼が覚めたらしい。


 但しこの場合、珍しいのは深夜に僕が寝ているということの方だ。今日は仕事もないからと久しぶりに気まぐれを起こして東京の街を歩き回ったら、いつの間にかすっかり疲れてしまった。それで、普段見ているアニメなんかも録画予約してあるのだからと放っておき、12時を過ぎたらそのまま床で入眠したのだ。まあ……普段寝ない時間に、照明をつけたまんま、それも床で寝てるんだから、この覚醒は一つの必然だろう。


 ――はて。何か気がかりな夢を見ていたような気がする。


 なんだったかな?

 しかし気がかりな夢を見ることの方は僕にとってはよくあることだ。なんてったって僕はフランツ・カフカだから。……だから何? 自分へのウケ狙いのように身体を見てみたが、やはりどのパーツも毒虫にはなっていなかった。そりゃそうだ、僕はグレゴール・ザムザじゃないから。あとあんまりこれはおもしろくない。何処にも使えない。ボツ。


 うーん身体がだるい。肩と腰が痛い。頭も痛い気がする。これも「そりゃそう」だ。電気を消して今度こそ朝まで寝ることにしたが、その前にTwitterを一応覗いておこうと思った。辺りを見回して眼鏡とiPhoneを探す。何処に置いた記憶も無かったが、果たして、それは共にテーブルの上にあった。僕は眼鏡を掛けてiPhoneに手を、


「ほくほくのポトフ」。


「ほくほくのポトフ」だ。


「ほくほくのポトフ」からの着信じゃないか。


 まるで誰かから引っ手繰るようにしてiPhoneを手に取り、回らない頭のまま二度、深呼吸をした。そして逃さないように、慎重かつ素早く、真緑色の応答ボタンをタップする。


「こんばんは。私はほくほくのポトフ」

「こんばんは。知っています」

 僕は平静を装って応対した。声は震えていない。深い深い恐怖と、それを上回るほどの高揚で視界がちかちかした。頭も痛い気がする。涙が出そうだ。ああ、僕は遂に気が狂ったのだ!

「こんな遅い時間にすみません。どうしてもお伝えしたいことがあったんです」

「構いませんよ。あなたと私との仲じゃあないですか」

「ありがとうございます。そう言って下さると嬉しい」

「いえ……それで、伝えたいこととは?」

 僕は殆ど恐る恐るというふうに(しかしそれをほくほくのポトフになるだけ悟られぬよう)言葉を選び、そして尋ねた。

「ええ。――実は、※※※※※達の中で、あなたは全く『※※※※※※※※※』には相応しくない、ということになったんです」


「……え? なんですって?」

 上手く聞き取れなかった。疲れているせいかもしれない。しかし、ほくほくのポトフは溜息交じりに、ああ……と嘆いた。

「もう一度、言いましょう。あなたは、

『※※※※※※※※※』にも、

『※※※』にも、

 ましてや『※※※※※※』という職業、

『※※※※※』というフレーズ、

『※※※※※※※※※※』という立場にも、

『※※※※』氏、『※※※※※※』氏らとの交友関係などにすらも、

 相応しくないということに決まってしまったんです」

「――な、な、な、え、」それは、「それは、何ですか……?」

「お分かりになられないようですね」

 電話の向こうの人物は、フゥーッ、と息を吐いた。

「それは、そんな言葉は僕は、い、いや、」

 もしかして、もしかしてその※※※※※※※※※って、僕の。

「ま、待ってください。そんなこと誰が、だ、誰の権限で」

「※※※※※達の……」

「聞こえないんですよその言葉が!」


 いつの間にか僕は自室で立ち上がっていた。足はぶるぶると震えている。

 僕の怒鳴り声を境に、会話は一度、シンと静かになった。そして、口火を切ったのは向こうだった。

「――悲しいことですが、お聞こえでないということが、そういうことなのです」

「何なんだ、なんなんですかあなた、突然の電話でそんな、僕にそんなことを」

「伝える必要などないと※※※※※には言われたのですが、それはあまりにも残酷すぎると」

「そんな……あなたね、そりゃそうだよ、そんなことは伝える方が――」

「知らずにあなたがあなたであろうとすることと、知って新たな人生を生きること……どちらが?」

 息が詰まった。顔が火照っている。頭も痛い気がする。

 これは、これは何かの間違いだ。僕はこんなことを想定してないぞ。


 駄目押しのように、電話の向こうの人物は言った。

「私の名前、覚えていらっしゃいますか?」


「……ああ、ああああ、あ」

 膝から崩れ落ちた。固くiPhoneを耳に押し当てたままで。

「ああ、もう切らなくてはなりません」


「待って……待ってください」

「そうしたいのですが、私にできるのは※※※くら※※※※※※」


「行かないで、置いていかないでくれ……」

「※※※※※※※※※※※※のです。では……またいつの日※※※※を※※※※※※※※」


「待って、待って、行かないでくれ、待ってくれ、」

「※※※」


「待って、待って! 待って!」


「待って!」












※※※※※※※※※※※※


 ビクン!





(後書: 2014年6月30日 17:53公開の過去作。「正体不明のシンデレラボーイ」と呼ばれていた人がいたんです。その後の活躍によってただ降って湧いた魔法を享受しただけの人でなかったことがわかるのですが、11年前の著者は彼に何かを重ねてしまっていたようです。(2025/06/25))

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