EP15:功罪併せ持つ願いの力
「《エヴァーラスティング・トゥデイ》……確かに、僕たち《幻想連合》が保有していたことのある《ミラージュ》の中に、そんな名前のものはない。君は正真正銘、連合の外の存在のようだな」
青嵐がまたクリップボードを持ち直した。さっきまでとは段違いのスピードで、カツカツと音を立てながら筆を滑らせている。飛路は興味をなくしたように、また部屋の隅で素振りを始めていた。
「では、《アルカナ》は覚えているか? 《ミラージュ》が《ステージⅡ》——つまり、自我に目覚めた段階に達した時に自覚するものなんだが」
「自我に目覚めた時……あの頃の記憶は確かじゃないですよ。何せ、宿主の顔も覚えてないですから」
僕は思う。ああ、今の僕はものすごく人外している。人間として生きていてはまず出ないようなことを言って、それを常識として許容されている。それが有り得なくて、とても嬉しくて、でもやっぱり果てしなく気持ち悪い。
「……《ステージⅡ》ってことは、他にも《ステージ》ってあるんですか?」
「ああ。僕たち《ミラージュ》は四つの段階を経て成体たる《ミラージュマン》へと変貌する、『異能力生命体』だ。存在を確立させている要素が要素だから、生命体と呼ぶことすら怪しいラインなのだが……物質的な肉体があり、生存本能、繁殖本能を備えているから、一旦生命体としてカウントしている」
青嵐はちら、と僕に目線だけ向けてから、また一心不乱にクリップボードに向き直った。
「人間が願掛けだとか占いだとかをして、望んだ通りの結果を引き寄せたという話を聞いたことはあるか」
「ええ、まあそれくらいは……でも、なんで突然」
「それが単なる偶然だけでないと知っているか」
「そりゃあ、そういうのをした上で努力する人もいますから、単なる運だけでは片付けられない努力の力があったのかな、なんてのはよく言われますけど——」
「違う」
その一言が落ちた瞬間、室温が一度下がった気がした。息をするたび鼻に抜ける空気が、容赦無く粘膜を突き刺していく感覚。青嵐の声はまた研究者、あるいは学者としての冷たいトーンに戻っていた。
「いいか、よく聞け。あまりにも現実感のない話だろうが——人間は、自分たちにも感知できない力を持っている。僕たちはそれを《願望力》と呼んでいる」
「がん、ぼうりょく?」
「ああ、《願望力》だ。意志の力、願いの力とも言える」
まるで学会発表でもしているかのように、彼は迷いなく語る。けれどその口調に反して、語る内容は宗教的な響きを伴っている。そのアンバランスさに、僕は背中に冷たいものを感じた。
「人類はこの星で唯一この力を持った生き物だ。それで何ができるかというと——極めて微弱だが、現実を改変することができる」
現実を改変? この少年は何を言っているんだ。その言葉に、喉の奥が乾いた。今まで「説明できない」と説明されていたものが、ポンと理路整然とした形で現れると——どうしてこうも、恐ろしいのだろう。
「正確に言うなら、望んだ運命を手繰り寄せることができる。今まで獣道としか言いようのなかった、何が起こるかわからないある未来までの道筋を整備し、最善の結果を引き寄せる力だ」
「ま、待ってください。そしたらこの世界の人はみんな、自分の望んだ未来を引き寄せられるってことになりますよね? それじゃ、自分の思った通りに生きられるってことになるじゃないですか!?」
「だ・か・ら! その力は極めて微弱だと言っただろう。大抵の場合、個人の《願望力》で現実を大きく歪ませることは不可能だ。《願望力》による大規模な現実改変が確認されたならば、それは一つの企業だったりどこかの国の選手団だったり、そういう強い意志を持った複数人の《願望力》が同じ願いに向けられた結果起きるものだ。——だが」
青嵐の顔色が変わった。それまで淡々と記録を取っていた彼の筆が止まり、空気がわずかに冷えた気がした。クリップボードを脇に挟む。灰緑の瞳が、曇り空のような僕の瞳を覗き込んでくる。まるで検体を観察する医師そのものの視線だった。消毒液の臭いが、やけに鼻を刺す。
「稀に、ごく稀に。それこそ数万人に一人の割合で、明らかに個人の持ちうる《願望力》からは考えられない規模の、個人に由来する現実改変が発生する。それは瞬間的なものではあるものの、世界の
さっきまでは、僕とのやり取りがベースにあった。でも今の彼は、もう僕と会話しているのではない。見えない聴衆に向けて、あらかじめ用意された台詞を朗読しているようだった。言葉の一つ一つが刃物のように硬く、静かに空気を削っていく。僕は頷くことも忘れて、その声音にただ聞き入っていた。
「次に《ステージⅡ》。腫瘍は宿主の深層に存在する願いを汲み取って、それに由来する異能力を授けるんだ。大抵それは攻撃的で、独善的で、力を使えば使うほど、宿主はそれに溺れていく。宿主が力を使うたびに腫瘍は肥えていき、いずれ自我を獲得する」
「じ、が」
「自我を獲得して《ステージⅢ》に至った腫瘍は、宿主の体を乗っ取って能力を使い、それを宿主以外の人間に見せびらかす。そうして、宿主以外の人間の《願望力》——現実が『かくあるべし』と定義する力によって、己の存在を強固なものにする。そうしてあまりにも肥大化した腫瘍は宿主の体を離れ、最終段階たる《ステージⅣ》……いわゆる《ミラージュマン》へと進化する」
異能力、宿主、《ステージ》。語られる言葉の節々に、つい先ほど聞いた言葉が混ざっている。それらを聞いて、僕は確信した。僕の正体は、そして青嵐や飛路の中身は——。
「それって——」
「ああ、これが《ミラージュ》の全貌。《願望力》という人体構造に生じた
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