EP14:認めるべき僕の「異常」
「で、気分はどうだい?」
「だいぶマシになりました……でも、まだちょっと頭が痛いです」
「なるほど。まだアレが体に馴染んでいないようだな」
傍らに立つ青嵐が、クリップボードを片手に何かを書き込んでいる。そして反対側に目線をやれば、飛路がベッドの隅に腰掛け、大きなあくびをしていた。僕は大事なところをシーツで覆い隠し、ベッドの上であぐらをかいていた。
この少年には、聞きたいことが山のようにある。だから僕は、意を決して口を開いた。
「あの……青嵐くん、でしたっけ?」
「その敬称はやめて欲しいな。好きでこの容貌をしているわけじゃないし、何より僕は君より年上だ」
「……年齢がわからない僕より年上って、どうして言い切れるんですか?」
「僕たちは全ての《ミラージュ》の祖、元凶だ。人類が『
「え? それって——」
「もう数えていないからわからないが、最低でも二千年は存在しているということだ」
「にッ、にせん!? ……いや、流石に嘘でしょ」
「嘘じゃねぇよ」
突然、飛路が会話に割り込んだ。首だけこちらに向けて、眠たげな目を細めている。その無造作な仕草が、どこか人間離れして見えた。古びた人形を見ているようだった。
「でも……絶対に信じられません。たとえ樹でもそんな長く生きられません」
「じゃあ、俺もこいつと同類だって言ったらどうする?」
「は」
世界が止まった気がした。いや、止まったのは僕の思考のほうか。硬直する僕の前で、飛路はまた鳩尾から剣を取り出した。そしてベッドから立ち上がり、部屋の隅で素振りを始める。
「お前は人間の感覚に染まりすぎなんだよ。俺たち《ミラージュマン》は能力を使ってるところを他人に見せる機会さえありゃ、永遠に生きられるとかなんとかって噂だぞ」
「噂じゃない、事実だ。僕たちの研究成果を与太話と一緒にしないで欲しいんだがね」
「お前には聞いてねェ、黙ってろ青嵐。てかシラニジ、お前——」
赤い瞳がギロ、とこちらを向く。
「そもそも《ミラージュ》のことどこまで知ってんだ?」
飛路が不意に、剣の切先をこちらに向けた。寸分狂いなく喉の高さに向けてきているのは単なる癖なのか、あるいは本当に脅しとしての意図を含んでいるのか。本当は知ったかぶりをしてでも面子を保ちたかったが、僕は白状する他ないと感じた。
「詳しく知ってるわけがないでしょ。……僕はずっと、
「ほう?」
青嵐の目線が、クリップボードから僕に向いた。
「連合のことを認知すらしていないときたか。じゃあ《キャンサー》は? 《アルカナ》は? あるいは《ミラージュ》の八つの能力系統についてはどうだ? まさかとは思うが、《ステージ》についても知らないということも有り得るか?」
「ちょっ」
突然青嵐の口から雪崩のように襲ってくる用語の数々に、僕は目を回した。ベッドの上に身を乗り出して聞いてくる彼の目は輝いていて、僕の無知を解決したくてうずうずしているように見えた。もし彼ともっと早く出会っていたならば、僕は彼に会わないよう徹底して外出ルートを工夫していたことだろう。
「もう、何も分かりませんよ! 僕は専門知識とか、そういうのがそもそも苦手なタイプなんです! というか、こっちからも聞きたいことが色々あるんです、そっちに答えてもらうのが先なんじゃないですか!?」
「残念だが、そこまで無知なようでは教えられるものも教えられないな。君に起きたことを一から十まで説明したとしても、理解できなくて悶々としたまま終わる羽目になるだろう」
世界の輪郭が遠のいていくような感覚に襲われた。言葉のひとつひとつが、まるで異国語のように耳をすり抜けていく。これは焦りか? 苛立ちか? 青嵐も飛路も、僕とはまるで別の理に則って生きている気がした。いや、実際にそうなのだろう。
「では、そうだな……シラニジ、君の《ミラージュ》としての名前は言えるか?」
「言いたくありません」
「何故だ?」
軽々しく言えることではないとわかっている。でも、今は言うべきなんだろうと思う。
「……僕は、皆さんとは違うんです」
口にしてしまった瞬間、胸の奥が軋んだ。僕はたった今、ようやく掴みかけていた拠り所――別の「普通」を、自分の手で切り捨てていた。言葉はいつだって、自分の正体を暴く刃のようなものだ。けれど黙っていれば、もっと深いところで崩れてしまいそうだった。
「詳しく聞かせてくれ」
「あくまで……僕の予想でしかないですけど、僕は多分、成長しきらないまま『宿主』を離れてしまったんだと思います。だから存在を保つエネルギーが足りなくて、その分を『アイデンティティを守ること』で補うしかないんです」
「ほう、興味深いな。で、その
「『普通の人間でいること』ですよ。もし僕が
「じゃあ、僕の手術がそれを解決したとしたら?」
「……」
喉の奥がひりついた。彼の言葉の意味を、理解したくなかった。もしそれが事実なら、僕の「人間としての死」はもう既に終わっていることになる。それでも、どこかで安堵している自分がいた。ようやく、醜くニンゲンの皮に縋り付いていた日々から解放されたのかもしれない、そう錯覚するほどに。
「薄々勘付いてましたよ。しきりに『命の恩人』って言ってたの、そういうことだったんですよね」
視界の端が、ゆらりと滲んだ。部屋の白が、自分の呼吸に合わせて膨らんだり縮んだりしている。あのとき感じた「存在の輪郭が溶ける音」が、耳の奥で蘇った。
「改めて問おう、《ミラージュマン》・シラニジ。君の本当の名前は、何だ」
「……《エヴァーラスティング・トゥデイ》」
僕はシーツを腰に巻いて、ベッドから降りた。名前を言っても、頭が痛くならない。感動した。でも、絶望もしていた。そんな心模様を前に、僕は自嘲気味に笑った。
「それが、変わりない
その言葉が、純白の部屋の中で、弾けるように響いた。
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