身代わり

ふさふさしっぽ

本文

 私はあまり幽霊とか、信じていない。そういうのって、オカルトって言うの? UFOとか、ビッグフットとかも、あんまり信じていない。

 なんで信じていないかって言われても、困る。理屈じゃないんだよね。


 そんな私が、今まで生きてきた28年の人生で一度だけ、妙な体験をしたことがあるんだ。

 すごく怖い話とかじゃなくて、ちょっと不思議系の話。まあ、ちょっと聞いてくれる?


♦♦♦


 私の仕事は会社の経理。ずっとパソコンの前に座りっぱなし。だからなのか、最近、運動不足で太ってきちゃった。彼氏にも指摘されるし。

 そこで、会社の帰りは最寄り駅で降りずに、一駅分、歩くことにしたんだ。

 うちの会社は私服OKだから、暑苦しいスーツに、歩きづらいパンプスで歩くこともない。

 最近は歩くだけでポイントが溜まるっていう、スマホアプリもあるしね。


 そうすると不思議だね。自宅からそう離れていない場所なのに、街並みが新鮮に感じる。こんなところにおしゃれなカフェがあったんだ、今度彼と行ってみよう、とか。

 結構大きな公園があった。夏だから、夕方でも明るい。まだ小学生ぐらいの男の子たちがサッカーをして、遊んでる。


 若いなあ、私にもあんな無邪気な頃があったなあとか思いながら公園を通り過ぎると、ブラウスの袖を右に、引っ張られたんだ。

 引っ張られた方向を見ると、お地蔵さまが一体、そこにあったの。

 囲いもなく、赤いよだれかけもない。穏やかな顔をした、お地蔵さま。

 そばに古い看板が立ててあり、お地蔵さまがここに置かれた経緯が書いてある。

 それによると、このお地蔵さまは、ここら辺一帯の地域繫栄のために、昭和の中ごろ、この場所に置かれたんだって。


「やばい! くるった!」


 突然小学生のそんな声がしたかと思ったら、後頭部にばこん、と衝撃があって、私の目の前に星が飛んだ。危うくお地蔵さまのほうに倒れそうになっちゃったけど、なんとか踏みとどまった。でも結局頭がくらくらして、その場に頭を押さえてうずくまっちゃったの。


「すみませーん」


「だいじょうぶですか」


 何とか立ち上げると、サッカーボールを持った小学生男児たちが私を取り囲んでた。……蹴ったサッカーボールが私の頭を直撃したんだって、そのとき、私ははじめて理解したわけ。「くるった」って、蹴る方向がくるったってことね。


「大丈夫だよ。今度から気を付けてね」


「はーい。すみませんでした」


 本当はまだ頭が痛かったけれど、私は大人の対応をして、にっこり笑った。子供たちは礼儀正しく皆して頭を下げて、公園に戻って行ったの。


 そのときは、頭をさすりながら「ボールが命中するなんてついてない」ぐらいにしか思ってなかったんだけど、後になって彼氏が


「それ、お地蔵さまの身代わりにされたんじゃね?」


 って言ったの。


「身代わりってどういうことよ」


「そのまんまの意味だよ。だってお前、ブラウスの袖を引っ張られて、お地蔵さまの前に立ち止まったんだろ? お地蔵さまの盾にされたんだよ。お前がいなかったら、サッカーボールはお地蔵さまにぶつかってたはずだ」


 同棲中の彼氏はそう言って、ごろんと寝転がり、スマホゲームをしだす。

 私はというと、彼の言葉を心の中で反芻しながら、ちょっと腹が立ってた。


 そんなセコイことを、お地蔵さまがするなんて。

 お地蔵さまは石なんだから、ボールがぶつかったって、痛くないじゃないの。それなのに。


 彼氏がスマホゲームに夢中なので、私もなんとなく、スマホを見た。最近入れた歩くだけでポイントが溜まるっていうアプリ。今日はどのくらい歩数、溜まったかな。


 そこで私、びっくりしちゃった。だってポイントが、めちゃくちゃいっぱい溜まってたんだもの。これで、新しいバッグと靴が買えるくらいのポイント。

 なにこれ、バグ? 私こんなに歩いてない。

 ゲーム中の彼氏に言ったら「お地蔵さまのお礼じゃね?」とか面倒くさそうに答えるわけ。


♦♦♦


 これで私の不思議体験はおしまい。結局ポイントは有難く頂いちゃった。バッグと靴を、久しぶりに新調したの。


 結局私はお地蔵さまの身代わりになり、お礼としてポイントを貰ったっていうことなのかな。すべてが偶然のような気もするけど。

 あとね、あのあと彼氏からプロポーズされて、晴れて結婚することになりました!

 同棲期間が長くて、正直ちょっと心配だったんだけど、指輪まで用意してくれているとは思わなかったよ。


 これもお地蔵さまのお礼? まさかね。

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