第2話 帷子と日吉
「
僕のひとりごちた言葉の羅列を
「別に今の仕事が嫌なわけじゃないんだろ? それにお前のファンもいるんだろ、悪くないじゃん」
「たまたま運が良かっただけだよ。僕の得意な領域と客の波長が合っていただけで」
「でも、それで毎月ちゃんとノルマを達成できているんだろ。それはお前の特徴だよ。上から今の実績で先がないとか言われてるなら、転職でもすればいいじゃないか。それこそメーカー側とかさ、椅子を専門に取り扱う店を選んでも良いと思うけど」
気軽に聞こえる発言だが、日吉の目は変わらず人の良さそうな
それにしても、学生生活を終えてからも続く関係はそうそうない中で、
共有の趣味や趣向で知り合った友人も、サークル活動の仲間たちもそれぞれの新たな社会的なコミュニティを形成して、離れていってしまった。離れていってしまったとはいえ僕自身もその1人で、出席数は多くないがそれなりの交友関係もあったジャズ研究会の面々とは卒業後全く会っていない。研究会の面々とも既に縁は切れている。だからか、
高校の課外学習で、僕たちは西洋美術展のフィールドワークで一緒になった。僕は大して絵の知識があるわけではないが、偶然彼と同じ絵の前で立ち止まったことがきっかけで、彼に話しかけられたのだ。未だに彼が語る絵画の魅力にとっぷりと浸かることはできないけれど、彼の絵の魅力を語る姿は好きだった。
「まあ、ストレスとかにってなければいいんだ。面倒臭いとか、だるいとか、人間ある一定のラインを越えなければそれなりの発散でどうにかなるから。ちょうど今日の美術展とかね」
そう言って
「なんかさ、
「急にどうしたの?」
「いや、こうして食べながらくだ巻いて、仕事の愚痴も話せる人がいるって環境、すごく助かっててさ。元々友達もそこまで多いわけじゃないから」
「なんだか照れ臭いな、大したことないって」
そう言って人当たりの良い、温和な笑みを浮かべながら
「式の準備は順調?」
「いや、難航してる。俺はそんなにこだわりがないんだけど、相手がね。景観とか、食事とか、あとは花もか。見学会でたっぷり渡された資料とずっと睨めっこだよ。納得しないと首を縦に振らないから、あと一週間そこらはずっと睨めっこしてると思う」
困ったよ、と
「今度、改めてお祝いさせてよ」
「気にすることないよ、こうしてしょっちゅう遊んでくれてるだけで、十分さ」
「そうかな、でもこれからはお嫁さんにも悪いし……」
「いいんだよ、お互いにそういうことはうまくやっているんだ」
彼はいつの間にかオーダーしていたグラスを手に取り、一口飲んで続ける。
「全ての時間を一緒に過ごすことが全てじゃないからさ。俺と彼女は、うまい具合に合致しただけなんだよ。こう在りたいっていう道筋が、偶々ふたつ並んでいて、そこに俺と彼女が立っていた。それだけ」
「なんか、いいね、そういう関係」
「
考えてみたが、まるで思いつかない。職場に数人いる異性ともシフト時間だけの関係で、それ以上でも以下でもない。互いに仕事の得手不得手みたいなものは理解し合っているし、その時によって立場を変えたりもしているが、それも職場を回すための物事に過ぎない。プライベートの話なんてしたこともない。
「僕はないなあ、まだまだ独身だよ」
「高校の時のさ、
突然彼が口にした名前に僕は思わずギョッとした。
「
「いや、まあ、そうだけどさ……」
「実際いい子だったしな、綺麗で人当たりも良くて。何より自分に自信があった。確固たるものを持っている人って、本当に綺麗に見えるよ」
「
「もちろん、俺は
「それは、流石に、ないよ」
僕は俯く。流石にそれはリップサービスだろう。いや、
「
彼の言葉に顔を上げると、彼は頬杖をついて僕をじっと見つめていた。
「自分が想像する完璧ってさ、案外実行不可能なレベルのものだったりするんだよ。だから皆
「そろそろ受け入れても良いんじゃないか」
そろそろ受け入れても良いのではないか。それは一体何をだろう、自分の自信の無さか、謙遜のように見えて実は完璧主義であるという裏返しに対してか。それとも、
僕には、正直判断がつかなかった。
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