第二幕



それは忘れていたわけじゃない。ただ、思い出せなかっただけ。


カセットテープをもう一度聴こうとしたとき、さえはふと、気づいた。

録音時間が「3分33秒」で止まっている。

リピート再生しても、なぜか3分33秒で終わる。最後の1秒は再生されないまま、巻き戻る。


彼女はその“最後の1秒”に違和感を覚え、カセットを分解した。

中から、薄い紙切れが折り畳まれて出てきた。


『あの人が見てるあいだは、記憶が見えない』


目眩のような頭痛。記憶の底にある何かが、手を振っている。


さえは再び夢を見た。

今度は、妹が“窓の内側”にいた。


妹は震えていた。髪は濡れて、泥がついていた。

口を開いて、かすれた声で言った。


「お姉ちゃん、あけないで……あの人、まだそこにいる……」


次の瞬間、ゆらの身体が窓の外へ、ぐしゃりと消えた。


——あれは夢だったのか、記憶だったのか。


目を覚ましたさえは、突き動かされるように、妹が死んだ日の記録を探し始めた。日記、報告書、警察の連絡帳。だが、なぜか「事故当夜の時間」だけ、彼女自身の記憶が曖昧だった。


そして、ひとつだけ見つけた。

妹が死ぬ数日前、学校の保健室で残したメモ。


『お姉ちゃんが、知らない声で話してた』


『窓の向こうの“あの人”と』


背筋が凍った。


さえは自分が、妹の死に関わっていた可能性を、ようやく受け入れ始める。

でも、それが「記憶にない」という事実が、何よりも恐ろしかった。


——“あの人”は、見ているだけじゃない。


記憶の中に入り、言葉を抜き取り、行動を塗り替える。


さえは気づいた。


“窓を開けたのは——自分自身かもしれない。”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る