第33話 穏やかな夜

「国民達の心を操る事なんて簡単だ。皆、私を崇拝しておる。明日のサーブルとモンテスの処刑はいい見せしめにもなる。もうエトワールは死んだ事にすればいい、あの腰抜け野郎はここに戻って来る勇気なんてないだろう。まあ、エトワールから抜いた血もこれだけある。これを飲めばもう用なしだ。」

ウイスキーのグラスを片手に椅子に威張って腰かけている。

「皇帝、用意は出来たわ。本当にやるのね?」

コットが皇帝に尋ねた。

「ああ、もちろんだとも。早く儀式を行うぞ。」

コットは気が進まななかった。なぜならこの儀式を行う事で皇帝が持つ力はコットを超えてしまうからだ。

「では、この血を飲んで。」

コットが血を差し出した。皇帝はそれを受け取り一気に飲み干した。その間コットは呪文を唱えていた。

「おおおお。今までの村人とは全然違うぞ。体が熱くなって来たぞ。」

皇帝はエトワールの血が明らかに凄い事が分かった。コットが呪文を唱える度に皇帝の爪が伸び、筋肉が隆起し、牙の様な物が生えて来て獣の様な姿になって来た。

「はあ…はあ…」

皇帝の息遣いは人間ではなかった。コットは呪文を唱え終わるとゾッとした。もうそこに居るのは明らかに化け物なのだ。

「皇帝、終わったわ。」

コットは少し怯えていた。

「ああ、何だか力が漲ってるぞ。」

そう言うと全身鏡に自分の姿を映した。

「なんと素晴らしい。とても強そうだ。」

そう言ってうっとりする皇帝を見てコットは益々ゾッとした。

「この姿を見て国民も益々私を崇拝するであろう。」

そう言ってニヤリとしながら残った血をベロリと舐めた。





 「騎士団長…騎士団長…」

サーブルはモンテスの声でやっと起きた。頭がガンガンと割れる様に痛い。

「モンテス、私は一体…」

サーブルはまだぼんやりとしていた。

「私達は皇帝に逆らった罪で投獄されました。」

「え、あ、そうか何となく思い出して来た。そうだ私はロスタル侯爵に魔法で動かなくされたのか。」

「兵士達の話が聞こえたのですが明日、処刑される様です。」

モンテスは案外、落ち着いていた。

「そうか、それは仕方のない事だな。騎士団に入った時にいつでも死んでいいよう覚悟はしていたが。」

サーブルはふうっとため息をついた。

「私もそう思っています。罪のない人を傷つけたりもしましたし。けれど最後に私はリテ様ともう一度お祈りをしたかったです。」

「モンテス、お前はそんな事を言う奴だったか?無慈悲で冷徹な奴だと思っていたぞ。」

サーブルは少し可笑しく思えた。

「何を仰いますか。騎士団長こそ、情でハンナ妃を助けたではないですか。戦いに私情はいらぬ!みたいな人だったのに。」

モンテスも言い返した。

「私はもう騎士団長ではないぞ。庭師だ。」

「アハハ。そうでしたね。」

明日、処刑されるかもしれないが、二人は久しぶりに穏やかな夜を過ごした。

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