第26話 それぞれの目的地へ

エトワールに続いてハンナも穴に入ろうとした時に誰かに乱暴に肩をガシッと掴まれた。慌てて振り向くとそこにはアンベスが立っていた。青ざめるハンナにジリジリとアンベスは近寄った。逃げようと振りほどこうとしてもアンベスの力は強かった。

「お前は?……まさかハンナなのか?」

アンベスはハンナの顔を不思議そうにジッと見た。コットがここに居ないので術の効果が薄れている様だ。

「何?ちょっと私、行くところがあるから退いて下さい。」

ハンナはアンベスの手を振りほどこうと身体をねじった。

「なぜこのような姿になったのだ?私が世継ぎは期待するなと言ったからなのか?」

アンベスはそう言うとハンナをグイっと自分の方へ引き寄せた。息がかかる位の距離に顔が近づくとハンナは全身に鳥肌が立った。

「やめてください!」

アンベスは嫌がるハンナの耳元から首筋、髪の毛に鼻を近づけた。ハンナは余りの気持ちの悪さに卒倒しそうになった。

「夫婦なのだから問題はないだろう。なっ。」

「私は貴方があれだけ嫌っていたハンナ・サラなのですよ!こんな事をしておかしいと思わないのですか!?」

ハンナは噛みつきそうな勢いでアンベスに文句を言った。

「バシッ!」

アンベスは思いっきりハンナの頬を引っ叩いた。

「私はこの城の皇子だ。そしてお前の旦那様だ。逆らうな!このバカ女!」

ハンナは今までは男みたいな風貌で剣術にも自信があり、男なんて怖くないと思っていたがアンベスの力は強く簡単に振りほどく事が出来ない。こうやって無理矢理に迫られて初めて男性を怖いと感じた。こんな事になるなら昔のままの姿が良かったと思った。




 エトワールは通り穴の出口でハンナを今か今かと待っていた。だが時間が来てしまい、穴は元の大きさに戻ってしまった。

「まずいな。何かあったのか。でもここに居るのは危険だ。」

そう言うとエトワールは裏門へ向かった。





「サーブルさん。様子見に行きませんか?」

エクラがソワソワし始めた。サーブルもやけに時間がかかっているのが気になっている。

「そうですね。そうしますか。」

二人は辺りを警戒して地下牢の方へ歩き出そうとした。


「エクラ?」

エクラはその懐かしい聞き覚えのある声の方を振り返った。

「エトワール皇子!!」

エクラはエトワールの姿を見ると感激でそれ以上の言葉が出なかった。エトワールは二人の元に駆け寄った。

「お久しぶりです皇子。」

サーブルが深々と一礼をした。

「サーブル。久しぶりだな。」

「エトワール皇子、ハンナお嬢様は今どちらに?」

エクラが心配そうに尋ねた。

「それが、抜け道の出口で待っていたのだが現れなかったんだ。もしかしてハンナお嬢様は普通に牢の出入り口から出られたのかもしれないが、私には分からない。すまぬ。」

エトワールは二人に頭を下げた。

「いえ!頭を上げてください!ハンナお嬢様は強いお方です。大丈夫ですよ。」

サーブルはそう言ったが心のどこかでは心配な気持ちもあった。エクラが心配そうに地下牢のある方を見た。

「あら?あれは?」

エクラが何かに気付いた。

「どうしたんです?ハンナお嬢様ですか?」

サーブルとエトワールもエクラが見てる方向を見た。そこに居たのはハンナの姿ではなく、エトワールが魔法をかけた短剣だった。短剣はエクラの所に駆け寄って何かを必死に伝えた。

「大変です!ハンナお嬢様がアンベス皇子に見つかってしまったみたいです!」

「何だって!?」

エトワールとサーブルは同時に声を上げた。短剣はエクラにまだ何か伝えてる。

「しかも、アンベス皇子がハンナお嬢様に迫っていたみたいです。あれだけお嬢様の事を蔑ろにしておきながら許せません!」

エクラは過去のアンベス皇子の行いを思い出し怒りが込み上げて来た。

「でも、あの二人は一応、夫婦なんですよね?」

エトワールの言葉にエクラはハッとした。そう、二人は夫婦なのでなんの問題もないのだ。

「確かに、それを私達が止める権利はないですよね。」

釈然としないエクラを見て、サーブルは裏門の鍵をエクラに渡した。

「私はハンナお嬢様を助けに行って来ます。」

サーブルが2人の方を見た。

「助けるってどうやって?下手したらサーブルが処罰を受ける事になるぞ。」

エトワールがやんわりと止めた。

「ハンナお嬢様は嫌がっていたんですよね?」

サーブルはもう一度確認した。

「嫌がってはいたとしても、形式上は夫婦なので止めるのは…。」

エクラも止めたいがこの場合どうしていいか分からない。

「夫婦であろうと嫌がっている事を無理にするのはダメです。それにあのアンベス皇子が何事もなくお嬢様を解放してくれるとは思いません。」

サーブルのその言葉にエトワールも頷いた。

「確かにそうかもしれない。」

エクラもそれに同調した。

「サーブル。早く行きなさい。お嬢様を必ず助ける様に。私はエクラとお爺様の所へ向かい、必ずお前たちを迎えに来るから。また直ぐに会おう。」

エトワールはそう言うとサーブルの背中を押した。サーブルは振り返らずそのまま走り出した。


「エクラ、馬に乗って行くぞ。早くハンナお嬢様を助けに戻って来るために。」

「はい!分かりました。エトワール皇子」

そう言うとエトワールは馬小屋に急いだ。

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