第18話 繋がる相関図

「お早うございます。」

翌朝、とてもスッキリとした気分で目覚めた。食堂に行くと父と母は既に居た。サーブルは朝から剣の素振りをやっている様だ。そのサーブルの隣には、あの村長の奥様がニコニコとしながら見守っていた。

「皆さん!ご飯です。」

エクラは台所を借りてご飯の準備をしてくれた。村長とメドックもちゃっかり便乗している。

「エクラさんは料理が上手いね!」

「本当に。とても美味しいわ。」

父と母が絶賛している。ハンナ三姉妹は皆、料理が苦手なのだ。

「いやあ。こんな若い方と食事を共に出来るなんてとても嬉しいですな。」

村長もエクラの美味しい料理に気が緩んでいる様だ。

「こんな賑やかな時間はいつぶりでしょうか。」

メドックも楽しそうだ。

「朝食が済んで、支度が出来たら応接間がこの奥にあるのでそちらでお茶でもしましょう。色々とお話したい事もありますので。」

村長が父に提案してきた。

「はい。喜んで。私達もお聞きしたい事もありますのでよろしくお願いします。」


朝食が終わると、ハンナとエクラとサーブルはハンナの部屋に集まった。

「ねえ、皇帝達は全然、動きを見せないわね。」

ハンナは昨日からずっと考えていた。

「そうですね。馬に乗っての移動でしたらこの辺りについていてもおかしくないです。」

サーブルも皇帝達の動きのなさが気になっていた様だ。

「この村は呪術が届かない様な事をハンナお嬢様のお父様も言っておられましたよね?だからコット様の力がここまで及ばずに私達が見つけられないのでしょうか?」

エクラはこの村の事を気にしているようだ。

「台所を借りてお料理を作る時に、子供用のエプロンがあったんです。その隣にはお揃いの大人用のエプロンもありました。なので若い人がいるのではないかと思うのですが。」

エクラは何か違和感を感じてる様だ。

「けれど、すれ違う村人は皆、老人ばかりだわ。若い人は一人も居ない。そもそもなぜ“老いの村”になったのかしらね。それにあの宿の主人が村長だったのも気になるわね。まあ、これから村長達とお話するのでそこを確かめてみましょう。」

ハンナがそう言って食事を済ませた。



「やあ。お揃いになられたかな?それでは、始めましょうか。」

ハンナ達が約束の時間の五分前に着くと村長と奥様とメドックが応接間で待っていた。

「お待たせいたしました。」

ハンナ達は椅子に腰かけた。応接間には村人たちの写真が飾ってあり、一人一人の名前もきちんと書いてある。

「几帳面なんですね。一人一人のお名前をきちんと書かれて。」

ずぼらな所があるハンナは思わず感心した。

「いやね。私も妻も年なもんで皆の名前をど忘れする時があるんじゃ。朝起きた時、寝る前にこの写真を見るのじゃ。

村長は苦笑いして話した。ハンナは写真を手に取って眺めた。その写真にもやはり若い人が写っていないのがとても切なかった。


「では、早速、不死鳥の事についてお聞きしたいのですが。」

父が曾おじい様の書いた分厚い本を出してきた。

「これは、私の曾おじい様が書いた書物です。この辺りの人が不死鳥についてとても詳しいと記されてますのでここを目指しました。私の娘のハンナがまだ赤ん坊の頃に不死鳥に触れられました。その後は何ともなく、いえ、普通の令嬢というより、瘦せっぽちでお世辞にも可愛らしい子とは言えない様な女の子に育ちました。つい先日不死鳥が娘ハンナの前に現れ、それから容姿が激変し怪我を治す不思議な力を手に入れたのです。村長が知る限りの事を教えて頂く事はできますでしょうか。」

村長は父から書物を受け取るとパラパラとめくった。

「この著者の筆者の方は覚えておるぞ。とても聡明で親切なお方だった。そのお孫さんか。」

村長はそう言いながらハンナの顔を見た。

「まず、私がハンナお嬢様の力の事を知っているのは、我々が魔力を持つ人間だから感じるのじゃ。恐らくデグラスの近くに魔力を持つ者がいるのであろう。その者がデグラスにお嬢様の事を伝えたのであろう。不死鳥はとても不思議な鳥じゃ。千年に一度卵を三個産み、何万年、何億年と生きると言われておる。不死鳥に触れられた者は特別な力を宿すと言われておったがご令嬢の力を見る限りその言い伝えは本当だったのじゃな。わしも感動してしまった。なぜ、不死鳥がハンナお嬢様に触れたのか経緯を教えてくれんかの?」


「はい。その日は上の娘二人と私と妻で彷徨いの谷の近くに出かけてました。いつもなら昼間は彷徨いの谷の怪物は静かなのに、その時は気味の悪い声を上げていた事をよく覚えています。初めはそのうち止むだろうと思っていましたが声は段々と地鳴りの様な音になり、鳥たちも騒ぎ始めたのです。さすがに怖くなって帰ろうとした時に何百羽という鳥たちが一斉に飛び立ったのです。そして雷の様な不死鳥の鳴き声が轟音となって怪物達の声と重なり辺りが真っ暗になりました。その轟音と共に小石や木の枝木の実など色んな物が飛んできて私達は慌てて逃げて帰りました。推測ですが、その小石などと共に不死鳥の卵が偶然ハンナのゆりかごの中に入ったのではないかと思っています。ひな鳥を見たのはその出来事の数日後でしたのでハンナが温めていたのではないかと。」

父から初めて聞く話にハンナは胸がキュっと締め付けられた。

「怪物たちが騒いでたと?昼間にか?」

村長は少し納得いかない様子だ。

「はい。あれは怪物の鳴き声だと思います。」

「私も主人と一緒に聞きました。上の娘たちが怖がって泣いていたのでよく覚えています。」

母も村長にその記憶が確かな事を訴えた。

「それはおかしいな。いや、怪物は昼間は彷徨いの谷の暗闇を泳ぎ餌を求めている。空腹の状態では無駄な体力を使わない為に鳴かないんだよ。あの彷徨いの谷に連れて来られるのは捕まっても脱獄を繰り返したり、反省せず犯罪を繰り返すどうしようもない悪党達なんだ。言わば処刑場だ。処刑は昼間は行われない。怪物が鳴くのはお腹が満たされた証拠。つまり、人間があの彷徨いの谷に落ちた時だ。」

「ええ!?」

父も母もそんな恐ろしい事が起きている傍に子供たちと居たのかと思うと、今更ながらだが血の気が引いた。

「それに、鳥たちが騒いでるのも気になる。きっと何か恐ろしい事が起きていたのは間違いないだろう。ハンナお嬢様の所に卵が来たのは何か意味があったのだろうと思うが、他に何か変わった事はなかったかい?」

母がハッと思い出した事があった。

「そういえば、関係あるか分からないけど、私達の家に帰る時に警察が検問をしていました。いつもは主人だけがボディーチェックを受けるのにその時は私も娘二人もチェックされたのです。ハンナだけは赤ん坊でスヤスヤ眠って居たからそのままにしてくれて。あの時は何も気にはしていなかったけど、今思い出したら少し不自然だったかもしれないわ。何のための検問だったのかも分からなかったですし。」

「そうか。タイミングから見ても卵を探してたのかもしれないな。だとするとハンナお嬢様が卵を守った事になるな。不死鳥は母親の血を分けてひな鳥を育てると言われておる。もしかすると卵から孵化した時に不死鳥はハンナお嬢様から血を分けてもらったのかもしれない。そして今、成長した不死鳥が分けて貰えた分の血をお嬢様に返した。今のその美しい姿が本来のハンナお嬢様のお姿だったのではないだろうか。」

村長の話を聞いてハンナはしっくり来た。

「村長。多分、村長の言ってる血を返しに来たという事は正解だと思います。不死鳥が現れたパーティー会場の中庭で倒れてから目覚めた時、全身が熱く貧血も治り力がみなぎってる感じがしました。」

「そうかそうか不死鳥と血を分け合えたのじゃな。やはり言い伝えは本当だったのか。情に深いのじゃ不死鳥は。」

村長が顎髭を触りながら遠くを見つめた。

「あと、私から村長に質問があるのですがよろしいですか?」

ハンナはサーブルとエクラの顔を見た。

「何かな?私が答えられるものならば何でも聞いてくれ。」

「宿のご主人は村長ですよね?」

ハンナがニッコリ笑顔で尋ねた。村長は少しだけ気まずそうだった。

「あ、バレてたか。完璧な変装だと思ったのだが。」

ハンナとサーブルとエクラは吹き出してしまう所だった。何を持っての変装なのか全く分からなかった。

「話せば長くなるんだが聞いてくれ。あれは、我々の収入源の一つなんじゃ。この老いの村は元々は魔力を持った者の少数民族だったんじゃ。小さい村ながらも幸せに暮らしておったんじゃが、どこからか我々の力の事を知ったデグラスが村の若い衆を自分の国に連れて行きおった。断った者は、その後事故で亡くなったり、原因不明の病に倒れたりしたんじゃ。それで若い者が居なくなり残ったのは老いぼればかりだった。働き手も居なくなりこのままでは死を待つのみだと思い、魔力を商売道具にして生計を立てておる。」

「デグラス皇帝は本当に酷い人なのね。許せないわ。」

ハンナは拳を握りしめた。ハンナの両親も怒りの気持ちが沸々と沸いて来た。

「いつかデグラスを倒してやりたいがそんな力も金もない。雨乞い、人探し、占い、犯罪以外なら何でも請け負って細々とだが生活が出来る程度にはなった。そんな時にある旦那から“これからここを通る三人組の男女を貴方の力が及ぶ所に宿泊させてくれ”と依頼が来た。あの宿はこの家をそのまま移動させたんじゃ私はハンナお嬢様達が出発するのを見届けて宿を消す役目だったんだ。私は瞬間移動の力を持っておる。山賊たちも怪物のいる彷徨いの谷に移動させたんじゃ。」

「それはすごいです。瞬間移動の力がおありなのですね。ところでその依頼されたお方は一体どういう目的だったのでしょうか?」

ハンナが不思議な宿だったと感じたのは間違いではなかった。

「恐らく、あの旦那も魔力が使える民族ではなかろうか。私が居ると呪術師から姿を見つける事が出来ないのを知っててわざわざ私に宿の主人の振りをさせたのだろうと思ってる。」

「それではその方は私達をデグラス皇帝から私達を守ってくださったという事なのでしょうか。」

「いや。それは分からない。だが結果として呪術師からお嬢様達を守ってくれたという事には変わりない。それにその時の報酬はかなりの額だったんじゃよ。魔力も使えて資金にも困らないのに、私を経由してお嬢様達を助ける意図が読めなった。初めは怪しい仕事ではないかと思い、断ろうともしたのだが報酬の良さに目がくらんでしまった。けれど今、ここでこうやって会えて良かった。」

「まあ、それはそうですね。ここの村の方が簡単によそ者を受け付けないのはそういった用心深さなのですね。受け入れられてよかった。」

ハンナが村長を見て微笑んだ。

「偶然にもデグラスを良く思って居なかったのも都合がよかった。あの国の国民は洗脳されてるかの様にデグラスを敬愛しておるからこれがまた厄介だ。こんな老いぼれでもあいつにはそれ相応の罰を与えてやりたいんじゃ。」

村長は本当に悔しいのだろう声が震え涙が溢れているように見えた。

「ハンナお嬢様。私は一度、城に戻ってリテ様とエトワール皇子の安否の確認したいと思っています。」

「そうですね。お二人がどうなっているのか気になります。私も心配ですわ。でも普通に帰れるとは思えませんけど。」

サーブルとエクラがお願いしてきた。確かにあの二人は皇帝に何をされるか分からない。

「作戦を立てないといけませんね…」

三人で話していると村長とメドックが驚いた顔でこちらを見た。

「リテ!?リテに会いたいわ!」

そう叫んだのは村長の奥様だ。


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