第16話 敵か味方か

その場に居た皆の意見が一致し、すぐに老いの村へ出発した。その村はハンナの家から歩いて四時間程かかる所にある。五人は夜が更けないうちに着けるようにスピードを上げて歩いた。けれど道は険しく思いの外時間がかかり辺りは暗くなりかけていた。そんな中で細く険しい山道に入った。

「エクラ、大丈夫?もしきつくなったら直ぐに言ってね。」

ハンナは一番慣れていないエクラの体調を気にした。

「大丈夫です。お母様のパンケーキを食べたのでまだまだ元気です。」

「私のパンケーキは魔法のパンケーキよ。十人力よ!」

エクラの言葉に気を良くした母が自慢した。山道に入り少し歩いた所でサーブルが急に前に出て来た。

「何か良からぬ気配を感じます。気をつけた方がいいです。」

「そうか?私には何も感じないが…」

父がそう言いかけた時に脇道の草むらから何かがバッと出て来た。

「皆、下がって!」

サーブルが剣を抜き構えた。

「おお!女が居るぞ!うひょー!一人はとんでもなく美人じゃねえか!」

草むらから出て来たのは山賊だった。三人居て皆、大柄な男だ。しかもまだ草むらの方に何人か隠れている様だ。ハンナも剣の腕には自信があるので戦う気は満々だ。

「お嬢様!」

エクラがそう叫んだかと思ったらハンナの頭上から木を伝い一人の山賊が降りて来た。前にばかり気を取られていたハンナは後ろから羽交い絞めにされてしまった。

「ハンナ!」

父が直ぐに気付きハンナを助けようと剣を抜いてハンナの後ろに居る山賊に向かった。

「ジジイ!邪魔すんなよ!」

違う山賊がそう言うと父に斬りかかった。

「うわああ!」

ハンナに気を取られていた父は横からの攻撃を避けきれず肩と背中の辺りをざっくりと斬られてしまった。血がじわじわと噴き出してる父を見てハンナは震えた。

「お父様!!このっ!離しなさい!」

ハンナがいくら剣の腕があるといっても一人の女の子だ。大男に羽交い絞めされたら身動きが取れない。サーブルは他の山賊と戦っていてとてもこちらにまで手が回らない。エクラと母は父の元へ駆け寄ったが出血が酷くどうする事も出来なくて傷口を押さえるのが精一杯だ。

「お嬢ちゃーん。綺麗だねえ。これからは僕たちの慰み者として生きて行きましょうかぁ。」

羽交い絞めしている男が無理やりハンナを自分の方に向きを変え、キスをしようと頬っぺたを掴んだ。

「いやっ。止めて。」

ハンナは顔を背けた。

「嫌がってる姿も可愛いー。」

そう言いながら違う男も寄って来てハンナを舐めまわすように見て来た。山賊は何人居るのか分からない位ゾロゾロ出て来た。サーブルが必死に戦っているが、とても一人では追い付かない。

「すまぬ。私が隙を見せたばかりに。サーブル殿に負担をかけてしまってハンナには怖い目に合わせてしまって父親失格だ。私の事は置いて行きなさい。もうこの傷では歩けない。」

父の頬に涙が伝った。

「貴方!貴方がそんな弱気な事言ってどうするの!?」

母もそう言いながら涙が溢れて来た。

「おい!こっちの女も中々の上玉だぞ!」

一人の山賊がエクラの手を引っ張り強引に押し倒した。

「いやあ!やめて!」

山賊はエクラの上に覆いかぶさり嫌がるエクラを笑いながら見ていた。その時ハンナはエクラが火傷した時、立ち塞がるメイドに大きな声で叫ぶと、メイド達が倒れた事を思い出した。

「退きなさい!」

ハンナは今まで生きてきた中で一番大きな声を出し叫んだ。

「また強がっちゃって可愛いなー。」

ハンナが叫んだ時、ほんの少しそよ風が吹いた様に感じた気がしただけだった。コットとアンベスからエクラを助けた時の様に人が吹き飛ばされる事などは何も起きなかった。

「退きなさい!」

ハンナは思いっ切りもう一度叫んだ。やはりフアッと風が吹き山賊の前髪が揺れる程度だった。

バシッ!!

ハンナの頬に衝撃が走った。

「もう、うるさいなあ。そんなうるさいなら黙らせてやろうか!」

山賊がハンナの頬を殴ったのだ。唇の端から血が滲んだ。さすがのハンナも大男に殴られてしまったら反抗できない。

「お嬢様!!」

サーブルにも段々と疲れが見えて来た。もうこのままここで死んでしまうのではないかと、考えたくはないがそんな思いが全員に横切った。


「おい、君たち何をしてるんだい?」


皆が絶望している中、今までそこに居なかった老人が急に立っていた。

「あー?何だよジジイ。こいつらの仲間かよ?殺されたくねえなら金目の物置いてさっさと消えろ!」

一人の山賊がその老人に詰め寄った。他にも数名の老人が後ろの方に隠れている。

「こらこら。こんなに大男が大勢で責めるのはフェアじゃないだろう。」

その老人は特に動揺する事もなく顎髭を触りながら山賊たちを挑発した。

「おい、ジジイ。いい加減にし……」

そこまで言いかけた山賊がパッと煙の様に消えてしまった。


「何者だ!?てめえ!!」

他の山賊が声を上げた。

「ほう。威勢がいいのう。」

老人は落ち着いていてまるで怖がってる様子もない。何十人という山賊が一人の老人に向かって行った。

「消えなさい。」

その老人が呟くと後ろに居た老人達も何か呪文みたいな言葉を呟いた。

今まで、騒がしかった大男たち数十人がいきなり煙の様にパッと消えたのだ。

対戦していた相手が急に消えサーブルがバランスを崩してしまった。

「え?何がどうなってるの?」

ハンナは茫然とし、エクラは泣くのを止めた。

「ほら、お嬢さん。何をボーっとしておる。お父様の手当てをしてあげなさい。死んでしまったらお嬢さんの力は効かなくなるぞ。」

その老人はハンナに優しく教えた。

「え、あ、ええ。分かりました。すぐ行きます。」

ハンナも言われるがままに父の元へ行った。もう虫の息だ。血がどんどん流れてしまってる。その場面を目の当たりにすると冷静ではいられなくなった。

「あ…お父様…」

ハンナは思考が停止してしまった。

「ほら、そうやってる間にもお父様は死に近づいてるぞ。助けられるのは貴方だけなんだからしっかりしなさい。」

老人の声はハンナを落ち着かせてくれた。深く深呼吸すると父の一番傷が深い所に手を当てた。

「お父様、頑張って。」

「貴方……」

ハンナの手のひらから温かい光の玉が出てきたら勢いよく光って傷の中に消えていった。


「う、うん。」

父の顔に段々と色が戻って来た。ハンナは集中して父の傷を治した。最後の光の玉が父の中に吸い込まれていった。

「ハンナ……?」

その時に父の意識がハッキリと戻った。

「お父様!」

ハンナは父を優しく抱きしめた。

「この傷はハンナが治してくれたのかい?」

「貴方!そうよ!ハンナが治してくれたのよ。」

奇跡が起き、母は涙で顔がグチャグチャになってる。

「ありがとう。ハンナ。」

「ううん。違うの。このお方が…」

ハンナがさっきの老人を紹介しようとするともうどこにも居なかった。

「ハンナお嬢様。大丈夫でしたか?あのお方はどこへ行かれたのでしょうか。」

サーブルもさっきの老人を探していたが見つからなかった。

「先ほど人達は一体何者なのかしら?山賊を全て消し去ったわ。」

「ハンナお嬢様。私、先ほどのご老人をどこかで見た事ある様な気がするのですが、でも思い出せません。」

「言われてみたらそんな気がするわね。」

二人は考えたけれど思い浮かばない。

「サーブルはどうかしら?」

ハンナの問いにサーブルは少し考えた。

「あの、私はこの前泊まった宿の主人に雰囲気が似てる気がしました。」

ハンナとエクラのモヤモヤはサーブルのその言葉でスッキリ晴れた。

「そうよ!あの宿の主人だわ!」

「だとしたらこれは偶然なのでしょうか?」

エクラは首を傾げた。

「どうでしょう。でも助けてくれた事には違いないから敵ではないと思いたいわね。」

ハンナは少し安心した顔で父を見つめた。

「さあ、こうしちゃいられない。直ぐに出発するぞ。」

父が起き上がり肩を回した。

「そうねえ。夜が深くなる前に老いの村に行きたいわ。暗くなると底なしの沼の方から怪物が上がって来るかもしれないからね。」

母が立ち上がり出発の準備をした。底なしの沼は、底が見えない程に深い谷で、そこに落ちてしまうとその谷を彷徨ってる怪物達の餌食になってしまうのだ。夜はその怪物が上ってくるためこの辺りは人家もなく、動物たちも住まないと言われている。

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