第4話

依頼を受けてから数日、図書館で資料を読み漁り、なにかヒントになるものはないかと探していた。

ハーブが効果的とか、見た目の色合いでも効果があるらしい。

とにかく目についたものを片っ端からメモをとり、それを家へ帰ってまとめて候補を絞る。


「……ん、…ぎさん。紬さん」

誰かが呼んでいる。

いやいや、きっと気のせい。

でも瞼が重い。

もしかして私、眠ってる?

ふわっと体が浮いたような感覚がした。

ハッとして目を開けると宵月の顔がすぐそこにあった。

「え、あ、ちょっと、宵月さん?どうしてここに?」

「様子を見に来たんですよ」

にっこりと笑うその顔は寝起きには反則だと思う。

つい、見惚れそうになる。

「そうなんですね。……って、どうしてお姫様抱っこになってるんですか!?」

「お疲れのようでしたのでベッドまで運んであげようかと」

「いや、大丈夫ですから下ろしてください!」

「大人しくしてください。せっかく運んでるんですから」

どことなく嬉しそうな顔をしている宵月は全く下ろすつもりはなさそうだ。

「でもっ!」

「暴れるならキスしますよ?」

悪い笑みを浮かべながら顔を近づけてくる宵月。

「っ!!わ、わか、り、ましたっ!か、顔、……近い、ですよー!」

紬は手で宵月の顔を押さえながら反論する。

「そんなに拒否されると俺も傷つくんですけどねぇ」

「宵月さんは私をからかっているだけでしょう?」

「はいはい。とりあえず、そういうことにしておきますか」

そっとベッドに下ろされ、布団をかけられる。

「ゆっくり休んでください。疲れたままではいい案も浮かびませんから」

「……ありがとうございます」

すぐに瞼が重くなり、そのまま眠りにつく。

宵月は紬が寝付いたのを確認してから静かに部屋を出た。



―――まさか机で寝てるとは思わなかったな。

まだ温かいとはいえ夜は冷える。あのままだと体調を崩すかもしれない。

そう思って宵月は紬をベッドに運ぼうとした。


宵月さんは私をからかっているだけでしょう?


紬に言われた言葉が頭を過ぎる。

からかっているようにしか見えていないのなら、もっとわかりやすくする必要がある。

直接思いを伝える、とか。

(あーーっ、無理無理!)

宵月は頭を振ってその思考を飛ばそうとする。

それから深呼吸をひとつして、机の上に散らばっている紙をまとめていく。

「結構調べてるんだな」

部類分けをしたかったのだが、書いてあるものがバラバラで分けられなかったので、仕方なくまとめておくだけにした。

なにか手伝えればいいのだが、紬に聞かなければ全くわからない。

他にできることは……。


―――物音がする。それにいい香り。

「あれ?私、いつの間にベッドで寝て……」

確か作業をしていてそのまま、だったような。

そう思いつつ、お腹が空いた紬は部屋を出る。

「おはようございます、紬さん」

朝から眩しすぎる笑顔。

顔が良い人って朝からさわやかな空気を振りまくのだろうか。

「えっ、宵月さん!?なんで……」

「覚えてないんですか?俺にあんなことさせておいて」

宵月は少し寂しそうな顔をして俯く。

紬は、なにがあったのか思い出そうとした。

昨日の夜、誰かに呼ばれた気がして、それから……。


―――お姫様抱っこ!!


「あれは宵月さんがしたことなので、させたわけじゃありません!」

紬は顔を少し赤くしながら答える。

「なんだ、覚えてるじゃないですか」

そう言いながら宵月はテーブルに料理を並べていく。

「さ、温かいうちにどうぞ」

パンにスープにサラダ、ヨーグルト。そして宵月に買わせたお高いお肉が並んでいる。

いつもはパンとスープだけなので、今日はかなり贅沢な朝食。

「わぁ、おいしそう!いただきます」

スープをひとくち飲んで、ふわふわのパンを口に入れる。

「本当においしそうに食べますよね」

紬の顔を見ながら宵月は微笑む。

「おいしいに決まってるじゃないですか。誰かと一緒に食べるご飯なんて特別ですよ!」

「それは、俺と一緒に食べるご飯だから、ですか?」

誰かと、と言ったはずなのだが、宵月の中では自分と一緒に食べるご飯が特別になっているみたいだ。

「作ってもらったので尚更ですね~。あ、お肉おいしい!」

上手い下手は別として、人に作ってもらったご飯ほどおいしいものはないと思う。

「俺、もっと頑張ります!」

紬の胃袋を掴むことにしたのか、宵月は決意を新たにした。


お腹が満たされたところで材料の選定にとりかかる。

ハーブにするか、柑橘にするか。それともミックスするのもいいのかもしれない。

とりあえず、この三種類を試してみることにした。


「紬さん、なにか手伝えることはありますか?」

手持ち無沙汰な宵月は紬に尋ねる。

「えっと、それなら抽出作業をお願いしてもいいですか。あとハーブの乾燥も」

「わかりました。抽出と乾燥ですね」

抽出には蒸留装置が必要になるのだけれど、宵月はそれを必要としない。

宵月は、ふわりと水の塊を出し、柑橘をそこへ入れる。

水にストローのようなものを差し込んで少し熱を加え、蒸気を冷やして液体となったものをビンへと入れていく。

そして、ハーブは日当たりの良いところで布の上に置き、手をかざして風を纏わせると乾燥ハーブの出来上がり。

「終わりましたよ」

宵月はハーブを布で包み、抽出した柑橘のビンを持ってくる。

久しぶりに宵月の作業を見た紬は、やっぱりすごいなと思った。

手際の良さとスピードが違う。それに正確だ。

「紬さん?」

「あ、すみません!宵月さんすごいなぁと思ってて」

「俺が?」

「そうですよ。私も頑張らないといけないです!」

そう言って紬はランプの材料を引き出しから順番に出していく。

キラキラした透明の粉、柑橘の花、緑色の葉っぱ、など。


水瓶に水を入れて、ハーブと緑色の葉っぱを加える。

次に、抽出した液体と緑色の葉っぱ。

それからハーブと抽出した液体と緑色の葉っぱを入れた三つを用意した。

ぐるぐるかき混ぜて、完成したものが―――。


「あの、この緑色は……」

出来上がったランプを見て宵月は疑問を口にした。

「あ、あはは。えっと、その。 ……緑が目に優しくて癒される色だったので」

「全部が緑色で落ち着くとは言えないですよねぇ」

「それは、そう、です、けど。まだ試作なので次作ります!なので、もう一度抽出と乾燥お願いします」

少し不気味なものを作ってしまったのを反省しつつ、今度はとりあえず普通のものを作ろうと決めた。


「これでどうでしょう?」

柑橘の花柄のランプ。見た目は悪くない。

「そうですね。見た目は、いつも通りといったところでしょうか」

「じゃあランプに灯りを入れて……」

やわらかい灯りと共にハーブのほんのりとした香りが広がる。

「これは香りがするランプなんですね」

「はい。香りも一緒になれば一石二鳥かなって」

灯りをつけるたびに、香りで癒されるのもいいかもしれないと思った。

そして、残りのランプも香りを確認してみる。

「どれもいい香りがしますね」

紬は楽しそうに香りを嗅ぎ「これは個人的に好きかも」と言っている。

「晴留さんが好みの香りはわからないので、選んでもらいましょうか。連絡しておきますね」

「お願いします」

街へ向かう宵月を見送ったあと、紬は作ったランプを眺めて、どこか物足りなさを感じていた。

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