第2話
ふかふかの布団で眠っているはずなのに、なにか重たく感じる。
きっと気のせいだと寝返りをうつ。
「にゃー」
近くで猫の鳴き声がする。
家には猫がいるはずもないのに。
渋々目を開けて声がした方へ目を向けると、そこには確かに猫がいた。
「あ、おはよう」
つい最近連れてきた猫ちゃんがいることにまだ慣れていないのだ。
「お腹空いた?すぐ用意するね」
目をこすりながら冷蔵庫を開け、猫ちゃん用の焼き魚を取り出し丁寧に身をほぐしてお皿に移して差し出す。
「はい、どうぞ」
紬を見て数秒、猫ちゃんはご飯を食べ始めた。
食べてるところもかわいい!
あ~、癒されるなぁ。
名前も一応決めてはいるものの、その名で呼んでもいいのか悩んでいた。
やっぱり別の名前の方が……と思い始めるとキリがない。
「お花の水やりにでも行ってこよう」
外へ出て家の裏側へまわる。
日当たりがいいから花たちもよく咲いている。
ジョウロで水をまき、葉っぱについた水滴が光でキラキラしているのを眺めるのが好きだ。
そよ風が心地よく、このまま外でもうひと眠りしたいくらい。
そうだ、猫ちゃん連れてお散歩に行こうかな。
そうと決まればお弁当作ってピクニックだ。
家へ戻り、そそくさと準備を始める。
「猫ちゃん、お散歩に行くよー」
リュックを背負って猫ちゃんを抱えて家を出ようとしたそのとき。
トントン。
「紬さん、いますか?」
ドアを叩く音と聞き覚えのある声がした。
「……なんですか?宵月さん」
そーっとドアを開けながら問いかける。
「それが来客に対する態度ですか?」
「あぁっ!!」
少ししか開けていないので紬の顔は見えていなかったのだが、どうやら気に入らなかったようで、思い切り開けられてしまった。
「俺がなにをしたっていうんでしょうねぇ?……ん?」
そう言いながら距離を詰めてきた宵月だったが、紬が抱えている白いふわふわしたものが目に留まる。
「ね、猫です」
「見ればわかります。猫なんていなかったでしょう」
「数日前から一緒にいるんです。かわいくて癒しなんですよー」
紬が猫に顔を近づけてスリスリしている。
(俺の知らないうちに猫を!あんなにかわいい顔で……)
ボソッと呟く宵月。
「なにか言いました?」
「いえ。その猫ちょっと近すぎじゃないですか?」
「え、そうですか?今からピクニックに行こうと思ってて」
「抱えて行くつもりですか?そうだ、かごに入れたほうがいいですよ。両手が塞がると不都合なこともありますよ」
それもそうか、と紬は適当なかごにタオルを敷いて持ってくる。
「これで大丈夫!」
さぁ出発!と一歩踏み出したとき。
「……そういえば、宵月さんのご用事は?」
「私も一緒に行きますから、その道中でお話しますよ」
(あ、一緒に来るんだ)
宵月に言えばほっぺをつねられそうなので黙って頷いておいた。
鳥の囀り。
水の流れる音。
風で葉が擦れる音。
そしてやわらかい日差し。
深呼吸をひとつ。
もう自然の癒し要素しかない。
このまま木陰で座って眠りたい。
ふらふらと足が木陰へ向かう。
「紬さん、目的地はまだなのでは?」
「うぇ」
襟元を捕まれ首が軽く締まる。
そうだった、宵月さんが一緒だったんだ。
「えっと、お話を、聞かせてもらえるんですよね?」
「あぁ、そうでしたね」
宵月は襟元から手を離して、猫ちゃんのかごを持ち直してから話始めた。
「この間の依頼の件なんですが」
(依頼?お仕事なんてあったかな……)
「依頼人様が明日会いたいとのことです」
「あ、明日!?急じゃないですか!」
「本人のご希望で、早い方がいいと言われてるんですよねぇ」
「早い方がいいからって……」
ため息混じりに答えるが、いまひとつピンとこない。
「あの、宵月さん。えっと、その。非常に言いにくいんですけど。どんなご依頼でしたっけ?えっと、急ぎのお仕事はなかったと思うんですけど」
一瞬、宵月は固まった。
そして紬のほっぺをつねる。
「なにを言ってんだ、このチビ!!ほんの数日前だぞ!覚えとけって言っただろうが、忘れてんじゃねぇ!!」
「っ、い、いひゃい!よふきしゃん、い、ひゃいぃー」
「どんな頭してんだよ!」
「こ、こんら、っ、あらまでふっ……ううぅっ」
痛さのあまり目に涙をためていたが、ついにぽろぽろと零れだす。
それに気づいた宵月は慌てて手を離す。
「っ、す、すみません!痛かった、ですよね」
ポケットからハンカチを取り出し涙を拭ってくる宵月。
「宵月さん、怖い」
涙目の紬にそう言われてショックを受けた。
元はといえば、忘れていた紬が悪いのだけれど。
「っ、とにかく、明日会ってもらいますからね」
気まずい雰囲気の中、ふたりは黙々と歩いて目的地へと向かった。
木漏れ日が差し込む川のほとり。
レジャーシートを敷き、お弁当を取り出すがふたりの間には何とも言えない空気感が漂っている。
(あんなに怒らなくてもいいのになぁ)
猫ちゃんを抱きかかえてチラリと宵月を見ると、目が合ったのに思い切り逸らされる。
気まずさからなのかはわからないけれど、とりあえず猫ちゃんのご飯から用意する。
「猫ちゃん用意できたよ~」
「にゃあ」
まるで、いただきますと言ったかのような返事をして食べ始める。
そして、そっぽを向いている宵月にも声をかけなければ。
「……あの、宵月さん。ご飯食べませんか?」
「……」
「ちゃんと食べてくださいね」
まだ怒っているのだろうか。
そんな宵月の手を取りおにぎりを持たせて、紬もおにぎりを食べる。
やっぱり外で食べるご飯はいつもよりおいしく感じる。
まったり過ごしているこの感じがたまらない。
食べながら浸っていると視線を感じ振り向く。
(え、宵月さん……泣いてる!?)
片手で目元を拭うような仕草をしているように見える。
「もしかして、お口に合いませんでした?」
「……そ、そんなこと、は」
少し慌てたように答える宵月。
「無理しなくてもいいんですよ?」
「いえ、本当に大丈夫です。おいしいですから」
未だに目は合わせてくれないけれど返事はしてくれている。
無理をしているのなら申し訳ないなと思った紬は、
「えっと、今度は宵月さんの好みを聞いて作りますね」
と言ってみたが、宵月は静かに頷いただけだった。
太陽がほんの少し傾いたころ。
さっきとは違って穏やかな空気が流れていた。
猫ちゃんは辺りを走ったり水辺へ近づいてみたり、蝶を追いかけてみたりと楽しそうにしている。
「あぁ……かわいいなぁ~、うちの猫ちゃん」
ボソッと呟きながら微笑ましく眺めていた。
「ところで、猫には名前をつけていないんですか?」
「あるにはあるんですけど、もっと他に良い名前があったら困るなと思って悩んでるんです」
「ちなみに、どんな名前を考えたんですか?」
「えっと、その……ほろろ、です」
紬は少し恥ずかしそうにモジモジしながら口にする。
すると宵月が猫ちゃんを抱えて連れてきて一言。
「今日から君は、ほろろですよ」
「ちょ、ちょっと宵月さん!私は悩んでるって言いましたよね」
「決めているなら、もうそれでいいじゃないですか。いくら悩んだところで候補が他に出てこないなら、それでいいんですよ。ね、ほろろ」
「にゃあ」
「ほろろもこう言ってるので、決定ですね」
喉元を撫でてもらって気持ちよさそうにしているほろろ。
「そう、ですね。これからもよろしくね、ほろろ」
猫の名前も決まり、宵月との気まずさもなくなって一安心。
ただ、気になることといえば。
「……あの、どうして泣いていたのか聞いてもいいですか?」
「な、なんの、ことでしょう」
「だって宵月さんが泣くほど無理して食べていたなら申し訳なくて」
悲しそうな目でこちらを見ている紬。
「本当に無理はしていませんし、おいしかったですよ」
「それなら、いいんですけど……」
間違いなく紬のおにぎりはおいしかった。
それでも本当の理由なんて言えない。
紬の手作りが嬉しくて感動して泣いていた、なんて。
あれから、ランプ用の素材を少し集めて、宵月とほろろと一緒に夕日を眺めて帰ってきた。
今度は夕日をイメージしたランプを作ろうかなと構想を練りながら眠りについた。
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