静かな月とランプの灯り

佐伯ひより

第1話 

風が吹く。

雨は恵みを与える。

太陽は辺りを照らす。

星は煌めく。

そして、月は静かに見守る。



―――森の奥。

大きな木の横にある一軒の家。

そこにランプを作る魔法使いがいるとかいないとか。



鳥たちが囀り、風がふわりと髪を揺らす。

「……ん」

眠気が入り混じる中、つむぎは目を覚ます。

窓から光が差し込み、部屋を明るくしている。

「そうだ、お花にお水をあげなきゃ」

ノロノロと動きながら外へ出てジョウロに水を汲んで、花に水やりをする。草の上に座り込み、木にもたれ掛かると深呼吸して上を見上げる。葉っぱの隙間から光がキラキラして見える。

風を感じながら座っていると、眠気が襲ってきてウトウトし始める。

「紬さーん」

名前を呼びながら扉を叩く音がした。その声にハッと意識を取り戻す。紬は、ちょうど家の裏手にいるから気づかれていない。

「いないんですかぁ?紬さん」

こっそりと来訪相手を覗きに行く。いや、覗かなくても声でわかるけど。

そ~っと見ようとしたところで目が合った。

サッと身を隠したけれど、

「見つけましたよ!」

身体がビクッと反応する。

腕を引っ張られて彼に引き寄せられ、顔が至近距離まで近づいた。

「どうして居留守使おうとするんです?」

「っ、ち、違い、……ます!ちょっと、そ、外に、……いた、だけで」

「外にいるなら聞こえていたはずでは?」

「っ、あぅ……か、顔……顔が、ちちちかっ、近い、ですっ!!」

ニヤニヤしているこの男。紬よりも背は高く、程よく筋肉質な身体。そして何よりいい声と麗しい顔をしている。

綺麗な顔つきは目の保養。

だけど、近づきすぎると凶器になりえる。

宵月よつきさんこそ、何の、御用ですか?」

少し震える声で問いかける。

あぁ、そうだったと言わんばかりの表情をして、紬を離す。

「紬さんにお仕事のご依頼がありまして。なんでも、素敵なランプが欲しいそうですよ。近いうちに依頼主様に会っていただきたくて、そのお知らせに」

「えっと、お店で売ってるものではダメなんですか?」

人里から少し離れた森に紬は住んでいる。その為、作った商品は街の店舗で販売をお願いしていた。

「それが……例の噂をどこかで聞いたらしいので」

宵月はため息混じりに言う。

数年前に、とあるランプを買った人が《森の魔法使いが作ったもの》などと持ち帰った先で言っていたらしい。

森に住んでいるランプ職人がいる。それだけの話だったはずなのに、とても気に入ったランプに何かしらの効果があったと。

「……結構前の噂なのに?というか、オリジナルオーダーは受けてないんですよ?」

「覚えている人がいる限り出てきますよ。ということで、俺はこのへんで失礼します。ちゃんと覚えててくださいね!」

そう言うと宵月は街へと戻って行った。



太陽が真上に上がった頃。

(お腹空いたなぁ)

宵月の話を聞いて、素敵なランプってどんなの?と思ったり、そう簡単に望み通りのものが作れるわけないのになと思ったり。

「とりあえずご飯にしよ。お腹空いたのに考えていられないもん」

鍋に入れてあるコーンスープを温め、タマゴサンドを作る。あ、レタスも入れちゃおう。鼻歌を歌いながら昼食作りを楽しんでいた。

「いただきます!」

パクリとたまごサンドに噛りつく。

「……美味しー!!やっぱり手作りっていいよね。あぁ、幸せ〜」

椅子に座って足をバタバタさせながら味わう。そしてカップにいれたコーンスープを流し込む。

「たまたまお試しで作ったものが噂になるなんて」

ため息をつきながら、テーブルの上のランプに目をやる。何の変哲もないランプ。

あれは、ほんの少しだけ好奇心で作ったものだった。

ちょっとした念というか気持ちを込めたというべきか。

それだけのことだったんだけど。

「よし!悩むくらいなら次のランプでも作ろうかな」

椅子から勢いよく立ち上がり道具を持って外へ出る。

森を散策しながら泉がある場所まで歩くと、そこで水を汲み口の広い水瓶に入れる。太陽の光が反射してキラキラして見える透明な粉、葉っぱ、花びらなどを加えてぐるぐるかき混ぜて意識を集中させる。

普通は専用の炉がいるのだけれど、紬には必要がなく、形をイメージすると作れてしまう。ただ、それなりに集中力は必要になってくる。

液体が次第に形造られてコロン、と音を立て丸い小さめなランプが出来上がった。

花柄の透かし彫りランプ。

「これ、何個か繋げたら可愛くなりそう!」

ガーランドのようにすれば綺麗に見えそうだ。

とりあえず、いくつか作って組み合わせてみよう。

ワクワクしながら黙々と作っていく。



日が傾き始め、辺りがだんだん薄暗くなってきた。

そろそろ帰る時間。森は暗くなるのが早い。

持ってきた水瓶に作ったランプを詰め込み、足早に家を目指す。たまにクマが出るし、他の生き物たちだって陰から身を潜めて見ていたりする。

いや、怖いわけではない。決して怖くなんか…ない。

ガサガサ。

どこかで葉の擦れる音がした。

ガサガサ。

なんか近づいてきてるような。

ガサッ!

「ぴゃ〜~〜!!」

頭を抱えて座り込み、変な悲鳴をあげる紬。

何かが体に纏わりつくような、ちょっとくすぐったいような。

そ~っと目を開けて見ると少し薄汚れたふわふわした生き物。

「……猫?」

にゃ~と鳴き首を傾げる。

その仕草が可愛くてたまらない。

「なんでこんなところに猫が。迷子なのかな?」

街でしか見かけないのに、どうして森の中にいるのだろう。

「うちに来る?」

「ミャウ」

問いかけると少し嬉しそうな声を出したので、そのまま連れて帰ることにした。


とりあえずお風呂に入れて洗わないと。

連れて帰ってきた猫もこもこの泡で洗っていく。

「にゃっ!!」

「ちょっと暴れないで。大人しくしててよ」

そうは言っても相手は猫。

大人しく聞いてくれるわけもなく暴れている。

水に濡れるのが嫌なのだろう。

「もうちょっとだから!」

シャワーで泡を流して綺麗になったと思った瞬間。

プルプルッ!!

その飛沫で紬はびしょ濡れになった。

「そっか、そうよね。こうなるよね」

タオルを持って猫の体を拭いていく。

拭いている間は少し大人しくしてくれていたので助かった。

「綺麗になったねー」

薄汚れた猫は、汚れが落ちると真っ白な毛並みをしていた。

「お腹空いてるでしょ?すぐにご飯用意するから待っててね」

ミルクを少し温めて差し出す。

猫がミルクを飲んでいる間に、寝る場所をと箱を持ってきて使っていない毛布を入れて、簡易のベッドを作る。

「猫ちゃん、今日はここで寝てね」

チラッと目をやり、またミルクを飲む。

「さてと、私もお風呂に入ろうかな」

湯舟にお湯を入れ白濁の入浴剤を混ぜて花びらを浮かせて。

灯りはもちろんランプのみ。

ちょっと薄暗いけど、この時間は疲れていてもいなくても、ものすごく落ち着く。

贅沢気分が味わえて落ち着けるなんて最高!

「はぁ~、気持ちが緩む時間って必要だよねぇ……」

気持ちよすぎて睡魔に襲われ、だんだんと身体が沈んでいく。

「ぶはっ!あぶない、あぶない。溺れるところだった!!」

いつか本当に溺れそうだから気をつけないといけない。

そういえば、猫の名前どんなのがいいかな?

いつまでも猫ちゃんだとかわいそうだよね。

髪を拭きながら、名前の候補を考えていく。


部屋へ戻ると猫は簡易ベッドで丸くなっていた。

なんだか、かわいい。

そっと背中を撫で、どの名前がこの猫ちゃんに合うのか考えながら眠りについた。

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