第29話「つばき、定義のない自分と向き合う」
──ホワイトゼロ視察から一週間。
風見レンは、再び共鳴支援室の日常に戻っていた。
だがその目は、以前よりずっと“深く”なっている。
“定義されない人々”と過ごした時間が、彼の中に“在り方”の問いを根づかせたのだ。
◇
「次の相談者、どうぞー」
つばきが受付の扉を開くと、一人の若い女性が入ってきた。
「はじめまして。私……“元・勇者”だった者です」
「……は?」
レンとつばきが同時に固まる。
女性が差し出したステータスカードには、かつての情報が白く塗り潰されていた。
【旧職業:勇者】
【再定義後:無職】
スキルも消失。称号も削除。まさに“白紙”のような状態。
「世界のために戦ったのに……再定義されて、何も残らなかったんです」
「……名乗ってもらっていい?」
「“彩瀬ミオ”です。元“対バグ災害部隊・第一列兵”。──ただの、一人でした」
◇
ミオは静かに語る。
「戦って、壊して、護ってきた。それが“正義”だと信じてた。なのに──“定義が変わった”だけで、私はただの“戦闘マシンの残骸”になった」
レンは、言葉を探す。
だが、つばきが先に口を開いた。
「……わたしも、似たようなもんだよ」
「え?」
「“暴走兵装”だった。実験体で、管理対象。“姫崎つばき”って名前だって、最初からあったもんじゃない」
ミオが驚いたように見つめる。
「でも、レンに出会って、“名前を呼ばれること”で初めて、“わたしになれた”。──だからさ、“何ができるか”じゃないんだよ。“誰として呼ばれるか”なんだよ」
その言葉に、ミオの表情が少しだけ和らいだ。
◇
その夜。
支援室にリュカからの連絡が届く。
【提案:ステータス完全削除プログラム・フェーズ1 実施】
そこには対象として、こう記されていた。
【実験参加候補者:姫崎つばき】
つばきが、画面を見つめる。
「わたしが……“ゼロ”になる?」
「強制じゃない。でも、向こうは“つばきの共鳴力”を試したいんだろうな」
つばきは静かに考えていた。
◇
翌朝。
つばきはレンの隣で、唐突に言った。
「……レン、わたし、やってみる」
「え?」
「ステータスが全部消えたら、“わたし”はどうなるか。──それ、知っておきたい」
「怖くないのか?」
「怖いよ。でも、“名前だけじゃ足りない”って思ってる。“共鳴”って、もっと深いとこにあるんでしょ?」
レンは、ゆっくりと頷いた。
「……じゃあ、行こう。“ゼロ”の先に、何があるのか。見届けよう」
◇
再び訪れた《コード・アーク》。
実験室の椅子に座るつばきの背中は、静かに震えていた。
「開始します」
リュカの声と共に、ステータス削除のプロセスが進行する。
数値が消える。スキルが消える。称号が消える。
──最後に、名前すら。
【現在:無名(ステータス・0.0.0)】
◇
沈黙。
つばきが、目を見開いた。
その顔には、涙が流れていた。
「……でも、まだ、“わたし”がいる」
レンが駆け寄る。
「つばき……」
彼女は、微笑んだ。
「名前がなくても、わたしはわたし。“誰かに思われてる”って、それだけで、“在る”って思える」
リュカが、そっと告げる。
「これは仮説だが……“思い出されている記憶”は、“定義よりも深く存在を支える”」
共鳴とは、記憶の中で“誰かを肯定する力”だ。
◇
つばきの手が、レンの手を握る。
「ありがと、レン。“わたし”を見つけてくれて」
「……こちらこそ、“つばき”でいてくれて、ありがとう」
かつての兵装は、名前をなくしてなお、“つばき”としてそこにいた。
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