第28話「無定義世界《ホワイトゼロ》の真実」
──コード・アーク
ここは、「定義なき社会」を模した、完全隔離型の実験空間だった。
「ようこそ、共鳴者・風見レンくん。ここが“定義消去環境”だ」
リュカ・ゼロスに導かれ、レンは光のない通路を抜けて、巨大なドーム状の空間に立つ。
そこには、数十人の男女が生活していた。
年齢も性別も職歴も、すべて不明。
彼らの身体には“ステータスコード”の痕跡すら存在しない。
「ここでは、スキルも職業も、数値による能力評価も存在しない」
「それで……秩序は保たれてるのか?」
リュカは静かに笑った。
「見ての通りだよ。だが、君は気づくだろう。彼らは“別の価値”を生み出し始めている」
◇
観察ブースから見下ろすその空間では、確かに人々が暮らしていた。
食料は共同調理班が分配し、建物の保守も自主的に行われている。
そして何よりも異様だったのは──
「“話し合い”が多い……?」
レンが呟く。
誰かが何かを提案すると、必ず数人で円になり、対話が始まる。
それは“指示”でも“命令”でもなく、ただの“合意形成”。
まるで、失われた“古代の村”のようなあり方だった。
「“定義”がないからこそ、“言葉”が生きる」
リュカが静かに言った。
「ここでは、“自分が何者であるか”を、相手に“伝え続けなければならない”。数値や職業に頼れないからこそ、“対話”が生まれる」
◇
レンは、少しだけその中に入ってみることにした。
用意された白衣を羽織り、ホワイトゼロの住民たちと同じ空間に立つ。
「君、新入り?」
話しかけてきたのは、長髪の青年だった。
「まあ、そんなとこ。俺はレン。君は?」
「俺は“ツヅキ”。あんまり意味ないけど、そう呼ばれてる」
レンは戸惑う。
「意味がないって?」
「定義されてないから。“名乗っても保証されない”。でも、それでも、俺は“名乗りたい”って思った。それだけだよ」
この言葉に、レンの心がかすかに揺れる。
◇
ツヅキはレンを案内してくれた。
「この辺が“水の担当”。井戸は手動だから、汲み上げが大変なんだ」
「それ、スキルで補えたら……」
「そう。ここではスキルがない。だから“やれること”を皆が模索してる。“得意なこと”が、自然と共有されていく」
そこにあったのは、数値化ではなく、“信頼”と“体感”による役割分担だった。
ツヅキがふと笑う。
「レン、お前もそのうち“何ができるか”じゃなく、“誰として在るか”を聞かれるようになるぜ」
「誰として……?」
それは、共鳴支援室でもまだ触れられていないテーマだった。
◇
その夜。
レンは宿舎の屋上で、一人空を見ていた。
定義がなくても、星は変わらず瞬いている。
ふと、背後から声がした。
「……正直、驚いたよ」
リュカ・ゼロスが立っていた。
「君は、共鳴支援室という“再定義の象徴”だった。だからこそ、“無定義”という極端な選択肢にどう反応するか見たかった」
「……わからない。ここが正しいとも、間違ってるとも言えない」
「だが感じたろう。人間は、“定義が消えてもなお、自分を定義し直す存在”だ」
リュカの瞳が、かすかに熱を帯びる。
「我々は今、“人間そのものの在り方”を、再定義しようとしているんだ」
◇
帰還の前、レンはツヅキに尋ねた。
「お前にとって、“共鳴”ってなんだ?」
「うーん、そうだな」
ツヅキは笑う。
「“共鳴”ってのは、相手が自分のことを“忘れてない”って、信じられる状態……かな」
「……ありがとう」
レンは手を振り、施設を後にした。
◇
その帰り道、レンは思う。
定義でも、無定義でも、最終的に必要なのは──“存在を、肯定する関係”だ。
それが、“共鳴”の核になる。
夜空の下、レンのステータス画面が静かに光る。
【新称号:定義横断者(コーダー・ブリッジ)を獲得しました】
「……俺は、まだ定義の途中だ」
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